ただの勝利には興味ありません

典型的な現代戦争のジレンマから生まれる政治的制約。



イスラム国の勢力拡大 止まりつつある NHKニュース
「イスラム国」弱体化へ、有志連合が閣僚級会議 : 国際 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
ということで対イスラム国有志連合の会議が行われたそうで。

各国は空爆イラク軍への支援など「イスラム国」に対する、さまざまな行動の成果が現れているという認識で一致したということで会議のあと、「『イスラム国』の勢力拡大は止まりつつある」とする共同声明を発表しました。
そして、各国は軍事作戦に加え、外国からの戦闘員流入を防ぐことや、「イスラム国」の資金源を絶つことなどを柱に、「イスラム国」を壊滅させるために長期的に協力を続けることを確認しました。
アメリカのケリー国務長官は記者会見で、「空爆が注目を浴びているが、われわれは軍事面の対策だけでは成功しないという考えで一致した」と述べ、幅広い分野での協力を訴えました。

イスラム国の勢力拡大 止まりつつある NHKニュース

うーん、まぁ、そう言いたくなる気持ちも解らなくはないかなぁと。実際には誰がどう見ても短期的には『暴力』を使ってイスラム国の伸長を防がねばならないのは明らかでしょう。だからといってバカ正直にイスラム国をぶっ潰すなんてことそのまま言えるわけないし、誰も有志連合の旗振り役を担おうとする現状において出来るはずもない。
むしろこれから表に出てくるのはこの有志連合の内部分裂の方でしょうね。故にこれからも彼らにとって重要なのは「勝利」ではなく「結束」である。せめて同床異夢があからさまにならないように。


もちろん有志連合――特に欧米側が犠牲者を死ぬほど恐れているのは確実であります。そもそも別にイスラム国をやっつけても内政上の得点にはならないのに、一方でもしテレビやネットで兵士への死体蹴りが動画で流れれば国内的に政治的致命傷となる。故に自国兵士の命はイスラム国兵士よりも、そこで虐殺される一般市民よりも、重い。
まぁそれを傲慢であり差別的だと言うことはできますけども、まさかそれを私たち「自国の平和こそ」を愛する日本人がそれを非難するわけにはいきませんよね。


かくして彼らは地上軍で戦うのではなく、徹頭徹尾空爆でどうにかしようとする。ただここでも問題があって、それを「本気で」容赦なくやってしまうと、政治的に問題を引き起こしかねないのです。容赦なく空爆で吹き飛ばされるのを見てイスラム世界から参加した同盟国はいい気はしないし、それに異教徒(による無人機)がイスラム聖戦士だけでなく巻き添えで一般市民を吹き飛ばす『文明の衝突』という構図が出来てしまうのもなんとしてでも避けたい。
この辺はコソボ空爆の辺りから明らかになり、前回のイラク戦争でも指摘されていた現代戦争のジレンマが良く表れているお話だと思います。つまり、現状の進歩しまくったSF世界に足を踏み入れつつある通常兵器を躊躇なく使おうとすると、それはもう傍目には誰がどう見ても「弱い者イジメ」にしかならないんですよ。
イスラム国狙った空爆の瞬間を撮影、逃げ去る戦闘員 写真9枚 国際ニュース:AFPBB News
先月に本邦でも話題になった「丘の上で吹っ飛ぶイスラム国兵士」のニュースもその典型と言っていいでしょう。地上で銃を持って素朴に――原始的に戦う『敵』に対し、視認できない高度から圧倒的な打撃力を持つ精密誘導爆弾を簡単に落とす光景。挙句その一部は無人機だったりする。それを公平な戦いだと宣伝するのはまず不可能ですよね。
あまりにも大きな戦力・技術格差は、戦いの道義性を曖昧にする。


アメリカには本来それができるだけの戦力があるし、またそうした方が単純に軍事的にもおそらく単純に犠牲者の数としても有利だと解ってはいるものの、しかし政治的制約として本気を出すわけにはいかない。同時に犠牲者を出すわけにもいかない。
彼らは自身の戦力が圧倒的優勢である故に、それを本気で使うことができない。ついでにその優位性からなまじ犠牲者ゼロなんていう理想が見えてしまうからそれを追ってしまう。軍事的には圧倒的優勢でありながら、しかしそれは政治的には必ずしもプラスにはならないジレンマ。だからこそ現状のイスラム国相手でも、彼らは必要以上に本気な空爆をすることはできずに、かといってイスラム国放置もできないまま、ただなんとなく限定的空爆をのろのろと続けながら致命的な不幸――自国兵士の犠牲者や有志連合の内部分裂が起きない――が来ないように祈り続ける。
イランのF4戦闘機がイスラム国を空爆、米国防総省報道官 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
その意味で、イランが参加したのは大きな意味を持つだろうなぁと。少なくとも上記のような不穏なイメージの想起を軽減させるのには役に立つ一方で、シーア派である彼らが戦うことで逆に結束が崩れかねない参加国も当然あるでしょう。
イランによる空爆は、吉と出るか凶と出るか。




いやぁやっぱり端から見ている分には政治的に危うい綱渡りの連続である『有志連合』を取り巻く構図は、愉快で興味深いお話ですよね。単純な勝利に興味はなく、自国兵士の犠牲者がゼロであり、有志連合の結束が維持され、その上でイスラム国の勢力拡大を回避することの方が重要である。
ただ「やる気がないアメリカ」と批判するのは簡単ですけども、やっぱりそれにはそれなりに理由があるわけで。
――勝利よりも重要視しなければいけない要素が多過ぎる。


がんばれ有志連合。