今、再びそこにあるようになった先制攻撃の危機

「先制攻撃は決して怖くなーい勇気をもってくださーい!」by冷戦直前のランド研究所の研究員一同。



【解説】 イランとアメリカの危機は終わっていない 5つの理由 - BBCニュース
報復の連鎖も止まりそうだし、ついでにイラン側が旅客機誤射も素直に認めたことで、とりあえずは一安心な感じもするアメリカとイラン危機に、冷や水をぶっかけていただいているBBCさんちの解説であります。

この合意は重要だ。合意が成立する以前は、開戦リスクは本物だった。イスラエルが(そしてあるいは、アメリカとイスラエルが合同で)イランの原子力インフラを攻撃する可能性が、非常に高かったのだ。

イランは合意の他の当事者の支持を可能な限り取り付け、核合意を継続させようとするだろう。しかし、この危機は腫れ物に膿(うみ)がたまるように悪化を続けている。欧州がどれほど努力しても、イラン政府に対する経済制裁を緩和する方法は見つからない。合意はやがて破綻するのかもしれない。そしてその間にイランは、核爆弾の製造へと一気にスパートをかけるかもしれないのだ。

【解説】 イランとアメリカの危機は終わっていない 5つの理由 - BBCニュース

歴史が教えてくれる核戦争の危機というモノを考えれば、まぁ自明なお話ではありますよね。
「相手が反撃の核兵器をまだ持っていない時こそ、最も先制攻撃に適したタイミングである」なんて。
1940年代末から50年代の当時、おそらく世界でも最も賢い数学者や経済学者たちが集まったランド研究所で「出し抜かれる危険を冒すよりも、先に裏切るほうがよい」という結論を数学的見地からはじきだした、血も涙もない人たち。
(実際に後の歴史がかなりの部分でそうなったように)ぐずぐずしていればソ連も核保有国となり、アメリカと西側世界は地球滅亡の恐れのある核チキンゲームに巻き込まれるだろう。ならいっそその前にアメリカから核攻撃を……。


こうした賢い彼らが推奨した先制核攻撃・予防戦争理論は、実際にソ連が水爆を配備するようになると、まさに彼らが指摘してもいた通り急速にしぼんでいくわけですよ。
そりゃ核兵器持っている相手に先制攻撃したらどうなるかなんて解りきっている話でもあるし。
かくして核兵器の均衡状態は『核による平和』を生み、その恐怖の均衡状態は当時彼らが想像した以上に強固な存在となってその後の私たちが生きる国際関係の基本構造を定義していくことになる。
実際に(それを目指しながら)結局は核を持てなかったイラクリビアがどうなったか、あるいは同様の成功(失敗)事例の極北として北朝鮮がどうなったか。皮肉にも保有が自他ともに確実となった2020年の今の北朝鮮を取り巻く状況がどうなっているか私たち自身が今目にしているように。


つまるところ、核兵器を自他共に「持っている」ことを認める・認めざるを得ないという所にまで行けば一安心という話でもある。
核戦争を避けるために核兵器を持とう!
――むしろ「持てるかもしれない」「持たれるかもしれない」というその不安定な直前でこそ最も先制攻撃の誘惑に駆られるタイミングでもある
あの北朝鮮の時もそれは同様で、おそらく最も先制攻撃容認に近づいたのが1994年ごろ*1だったように。


悲しいかな21世紀に生きる私たちは尚も、70年前にかつてランドな彼らが見出した血も涙もない論理の下に生きている。


よく『核なき世界』を目指す善意溢れる人たちからこうした構図について批判されたりしますけども、それは何も平和を生み出す・戦争を抑止することそものにに役に立つわけじゃないんですよ。
――そして何も短慮からそうしているわけですらない。
むしろ核兵器の危険性を本気で深く考えれば考えるほど、持たれる前に抑止しようとする先制攻撃のインセンティブが高まってしまう、という核兵器を巡る国際関係について、ただただ正しく説明しているに過ぎない。


核戦略とほとんど同じ時代に生まれたゲーム理論が説明してくれるのは、核兵器が生まれる直前こそ最も戦争のリスクが大きい、というお話でもある。
そして、つまり、現在のイランを巡る国際関係というのは……。


世界が平和でありますように。