ドナルド・トランプの幻想殺し

その「ポスト人種差別時代」という幻想が破られてしまったことを嘆くべきなのか、それともようやく現実を直視できると言祝ぐべきなのか。



スパイク・リー監督、「人種差別はパンデミック」 アメリカの差別と格差について - BBCニュース
人種差別と警察暴力 アメリカの原罪がまたしても - BBCニュース
前回通常日記でも書いたアメリカの人種差別ネタをもう少しだけ。

リー監督は、動画配信大手ネットフリックスで公開する新作映画「Da 5 Bloods」についてBBCに語る中で、アメリカの人種対立は「新しいことじゃない。もう400年も続いてきた」と述べた。

スパイク・リー監督、「人種差別はパンデミック」 アメリカの差別と格差について - BBCニュース

今になって改めて燃え上がっている人種差別ネタについて。
上記では「新しいことじゃない。もう400年も続いてきた」と映画監督がマジレスしていますけども、まぁ悲しいかな概ねその通りではあるのでしょう。
それこそアメリカ社会における警察の黒人をターゲットにした横暴も、それへの反発として世論が「Black Lives Matter」と盛り上がり大きな運動となることすらも、2013年の前例があってこそなのだし。
これが初めてでは絶対にない。
それはつまり、善良な人びとの進歩的意識とは違って、アメリカ社会に根付いた人種差別がまるで成長していなかったことの無慈悲な現実の光景でもある。



ということで、今回のことが「再び」燃え上がった構図自体は理解できるんですよね。
今のトランプ大統領の絶望の時代とは違い、以前のオバマ大統領時代には『ポスト人種差別時代』があったと――たとえ幻想であろうと――信じられる可能性を見てしまったから。
この現実の悲しいまでの進歩のなさと、理想的社会としてあるはずだった幻想とのギャップが、多くの人を「再び」目覚めさせ今回のアメリカのデモと暴動がここまで大きな流れになったのだと個人的には理解しています。



面白いのは、まさに悪夢のような現状のアメリカ社会における人種差別の現実という一方で、それこそオバマ政権時代には「ポスト人種差別時代」到来だとわりと真面目に語られていたことなんですよね。

 2008年の大統領選でバラク・オバマBarack Obama)氏が勝利してから多くの米国人が、米国はついに人種差別を克服したと思ってきた。「ポスト人種差別時代」の米国の夢を語る声も聞かれた。しかし、ポスト人種差別時代などというものが実際に存在したのだろうかと、ニューヨーク州立大学(SUNY)バッファロー法科大学院(Buffalo Law School)のアセナ・ムティア(Athena Mutua)教授は疑問を呈す。

 オバマ氏の大統領就任を多くの米国人が歴史的意義のあることとしてとらえ、人種問題はもはや大きな懸案事項ではないという幻想を生んだと同教授は指摘する。当時、選挙戦でオバマ氏を支持した白人層が誇張されて報道され、米国は一歩前進したという印象を与えたという説明だ。「オバマ氏が幅広い層から支持を集めているという絵が描かれたが、誇張しすぎだったと思う。オバマ氏はこの国の白人の過半数の支持を得たわけではない。非常に多くの白人、ではあったが、過半数ではない」

米国に「ポスト人種差別時代」は訪れているのか? 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

これは2012年という8年前に書かれた記事ではありますけども、まさにこの教授が言う「米国は一歩前進したという印象」というのが全てだと思うんですよね。
ただの印象。
まぁそれだけオバマ大統領誕生の衝撃が大きかったことの証左でもありますけど。
一歩進んだはずだったのに、2020年の今振り返ってみると米国は大して進んでなかった、という絶望。
そりゃ善良な白人のみなさんも、実際には400年前から続いてきているのに、今回は慌ててデモをしちゃうよね。




そしてもう一つ、黒人のオバマ大統領の誕生によって生まれたその『幻想』は、副次効果として未来へ悪夢の種を撒くことになる。

 それどころかオバマ氏の大統領勝利は、人種的な変化を望まない人々の間に「この国で未解決だった問題すべて」を再燃させた。「彼の就任によって、すぐに反対側の力が活気づいた。非常に人種的な差別性を帯びたものだ」

米国に「ポスト人種差別時代」は訪れているのか? 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

「彼の就任によって、すぐに反対側の力が活気づいた」

つまりかつての時代のようにある種の『禁忌』とされていた黒人批判が、むしろ解禁されたというお話ではないのかなぁと。それを復活や継続というのは微妙にズレていて、むしろ黒人を合衆国大統領に選出させたという状況こそが、変化をもたらしている。平等だからこそ言いたい事を言ってやるのだ、という一部白人たちのこれまでの鬱屈と共に。
概ねこうした揺り戻しは健全な方向と言えるのではないでしょうか。それはまぁ確かに人びとが夢見ていた、白人と黒人が手と手を取り合って、という優しい夢とは全く違う光景ではありますけど。

こんなはずじゃなかった「ポスト人種差別時代のアメリカ」 - maukitiの日記

いやあ8年前の日記でも少しその揺り戻しについて想定した日記を書いていましたけど、トランプさんのような人が大統領にまでなってしまうとはまさか予想できなかったよね。




そして更に皮肉なことに、まさにそんなトランプ大統領の登場によって、アメリカ社会はオバマ大統領を誕生させたことによる幸福な幻想から目を覚まし、大して進歩してなかった現実に正しく目を向けるようになった。
トランプ大統領を誕生させてしまったという意味でも、そして人種差別はまるで終わっていなかったという意味でも。
ポスト人種差別時代()とは何だったのか。
ドナルド・トランプ幻想殺し
トランプさんマジパネェっす!


オバマ大統領時代から夢を見ていられた幸せな幻想から、トランプ大統領という悪夢によってようやく目を覚ましつつあるアメリカ社会について。
――まぁ個人的にはやっぱり上記映画監督のように、「ポスト人種差別時代」とかいう白昼夢のような幻想に取りつかれているよりは、今尚変わっていないと現実を直視する方がよっぽど健全だとは思いますけど。
ただ、もちろん反論はあって、その幻想を語り続け「人種差別は無いことになっている!」とした方が都合がいい=社会は安定していたという人も一杯いるでしょうけど。


みなさんはいかがお考えでしょうか?