移民社会という幻想

昨日のオチから続く幻想シリーズ。個人的に一番好きなのはⅥです。


http://www.asahi.com/international/update/0430/TKY201004300096.html
ベルギー下院、ブルカ禁止法案を可決 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
ポートフォリオ・オランダニュース

【4月30日 AFP】ベルギー下院は29日、イスラム女性が全身を覆う「ブルカ」などの公の場での着用を禁止する法案を賛成136、反対0、棄権2で可決した。成立すれば、国によるブルカの禁止は欧州で初めてとなる。

ベルギー下院、ブルカ禁止法案を可決 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

さて置き、まぁ結局の所色々と建て前はあるものの、本音にある所は恐らく反イスラム、もっと言えば反移民感情なんでしょう。自分の国の中に本来無かったはずの物を持ち込まれたことへの拒否感。けどまぁ別にそれって珍しい話じゃないですよね。よく言われるような日本人のそれだけが特別珍しい話という訳では絶対にない。
ぶっちゃけて言ってしまえば、一部の例外を除いた古今東西において、普遍的に移民は嫌われてきた。
勿論上記で問題になったようなベルギーにとって、例えば第二次大戦後のヨーロッパの急成長時代では確かに移民は喜ばれた。その出稼ぎ労働者として。当時、彼らの安い賃金での労働力は確かに両者にとってプラスとなった。そう、彼らは労働力として望まれていたのであって、家族を連れてきて「移民」として振る舞う事を、受け入れた先の人々は一般的に望んでいたわけではなかった。とは言ってもそれをあからさまにする事は最近まで控えられてきたわけだけど。そうして現在に至りそんな労働力が必要なくなった結果、こうした反移民感情が溢れる事は、別に何も不思議な事ではないと。移民は世界共通の感情として、ほぼ常に嫌われてきたのだから。
一般的な日本人にとって移民という物に対する疑念があるように、移民社会に対する排他的な偏見はたしかに存在している。イギリスでもフランスでもドイツでもスイスでもそしてベルギーでも。かつて「人種のるつぼ」と呼ばれたアメリカさえもそれは例外ではない。
本邦ではよく、なんかヨーロッパは移民社会であるとか言われますけど、そんな事は幻想でしかない。


こうした事は、例えば移民宥和政策を唱えるようなリベラルの努力が逆説的に証明している。
誰もが移民をすんなり受け入れられるのならば、彼らはそもそも努力する必要など無いのだから。基本的に、多くが受け入れられないからこそ、彼らは少数派としてその理想を実現しようと努力をする。まぁそうして為された結果が、現在のフランス*1やスイス*2や今回のベルギーのような反移民感情の噴出である、という事は確かにできるんだけど。


結局、「移民」と「安い労働力」というお互いの認識すれ違い辺りなんだろうか、というお話でした。