一番やすいのを頼んだ結果

効率ではなく、払うべきコストを基準に選んだ結果。


「非エコ企業」が儲ける排出取引の矛盾 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
ええ、な、なんだってー!? ……何で今更そんなことを。

 エコとは言えない企業が「エコ商品」で儲けまくる──かつて経済合理性を生かした環境対策として注目された排出権取引が、そんな皮肉な状況を生んでいることが明らかになってきた。

インド南部タミルナド州に拠点を置く化学品会社ケムプラスト・サンマーがいい例だ。数十年前から冷媒ガスや溶剤、ポリ塩化ビニルを生産してきたが、実はもう1つ目に見えない「商品」がある。炭素クレジットだ。

「非エコ企業」が儲ける排出取引の矛盾 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

当たり前の話ではありますけど、確かに『排出権取引』は「汚染する権利」を売買する取引であるわけです。経済合理性を生かした環境対策。それってつまるところ、経済合理性とは賢いプレイヤーが儲けられるということでもあるわけで。
何故このような皮肉な状況(エコとは言えない企業が「エコ商品」で儲けまくる)が生まれるのかってそりゃ、他に方法がなかったからですよね。勿論このような二歩進んで一歩下がるような方法がベストでは決してないことなんてはじめから解っていたんです。しかしそれでも、これしか現実的な方法はなかったんです。


つまり公共選択論*1の教えるところでは、汚染という負の外部性を減少させる為には、ほとんど常に「課税よりも規制が選択される」のであります。
それは企業自身がそう望んだ(今回のように上手く立ち回れば儲ける事ができる)からであるし、そしてそもそも、政府や企業だけでなく私たち自身さえもこうした状況を選好した結果でもある故に。税金での解決は、結果的に大規模な所得再配分をもたらすんです。そんな税金の使い道について、激しい議論を呼ばないわけがない。その争いは政策合意のハードルを限りなく引き上げてしまう。


結局の所、本来あった「汚染を減らす」という目的だけを考えるだけならば簡単な話だったんですよね。しかし、私たちは何かをやろうとする限りコストを無視するわけにいかない。例えばガチガチの排出規制は新しい工場を呼ぶことが不可能になる、ということでもあるわけで。『排出権取引』はその意味で、汚染を減らすのに最も効果的ではなかったけれど、しかし最も経済的・社会的なコストが安い方法でもあったわけです。
そう考えると今回のお話も、まぁ必要悪と言うか仕方のないことなのかなぁと思います。私たちが本来払うべきだったコストを、『経済合理性』という名の下に隠す事ができているわけだから。

こうした動きに歯止めをかけるには相当な知恵が必要だ。

「非エコ企業」が儲ける排出取引の矛盾 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

だからこの締めの言葉って微妙にズレてるんですよね。「相当に必要」なのは私たちがそれだけのコストを支払う覚悟、であるのだから。それが無いからこそ今ここに立っている。で、そんなものがあるのかというとまぁ全くありませんよね。