魔女こわい

それは単純な敵というよりは、未知との遭遇という点で、感情的に隔絶しているんだろうなぁというお話。


宗教信者は無神論者を信用できない、カナダ研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
昔から言われている話ではありますよね。世界観や論理性という点においてはやっぱり、例えばイスラム原理主義の対極にあるのはキリストのそれではなく『無神論』であるし、キリスト教原理主義の対極にあるものはイスラムのそれではなく『無神論』であるわけだから。異教徒たちよりも罪深きひとたち。それを形而上の問題と考える人と、形而下にまで及ぶと考える人たち。


無神論者にとって「神の存在を疑うこと」こそが健全さの証明であり、しかし宗教信者にとって「神の存在を疑うこと」は無知の証明であるのです。
全く同じ判断基準をもってしかし全く逆の結論を導く人たち。いやぁ、身も蓋もなくぶっちゃけてしまえば、こんな人たちがお互い解りあえるわけないですよね。「宗教信者が無神論者を信用できるわけがない」ラノベのタイトルになりそうです。

 ジェルベー氏は「無神論者が団結して目立つような強力な社会グループではないにもかかわらず、このような嫌悪感を受けていることは衝撃的だ」と語った。

宗教信者は無神論者を信用できない、カナダ研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

ともあれ、このお言葉には色々考えさせられるものがありますよね。実際、そうした無神論な人たちは、確かに団結したり目立つような強力な社会グループたりえないにも関わらずこうして嫌悪感を受けている。それってまぁ一般に語られる異民族や異宗教や異言語などの、よくある社会の摩擦となるような『ふつうの』要因とは全く別の感情によって導かれているのでしょう。
その意味で彼らは正しく現代に生きる『魔女』たちなんだなぁと。かつて疫病やら不作の根源とされていた人たち。現代に至りそうした役割は最早消えつつあるわけだけど、しかしやっぱり「原因はよく解らないけど悪いモノ」って今でもそれなりにあったりするわけで。例えば社会集団における道徳心や公共心の悪化とか。そんな点で彼らは未だに諸悪の根源たる『魔女』の役割を担わされているんじゃないかと思うんですよね。
そりゃ嫌悪感や反発といったレベルではなく、理解できない、という不信感が生まれてしまうよなぁと。