石油戦争なう

未知との遭遇』となりつつある米中間の争いについて。


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ということで先日書いたお話の補足的日記。中国のエネルギー安全保障戦略がもたらす新世界秩序について。
自国のイメージダウンをもたらす中国の資源外交 WEDGE Infinity(ウェッジ)
まぁこの辺のお話についは、昨今の議論では定番のネタではありますよね。最早確定事項であり、むしろ現在進行形の問題として語られつつある「米中対立」のシナリオのひとつ。もちろん水晶玉を使っての未来予測が難しいのは常のお話ではありますが、しかしこの件に限ってはここ数十年「歴史的な前例がない」という点で余計に議論が難しくなっているよなぁと。


そもそも、元々米ソ冷戦構造にあった軍事的・イデオロギー的な対立は、しかし一方で『エネルギーを巡る争い』という点では両者は決定的な対立は招かなかった、という事実があるわけですよね。
それこそ石油時代の幕開けからずっと世界有数の『輸出国』という地位にあったソ連=ロシアは「産油地だから」という視点から中東を支配するアメリカと真っ向から対立しようとする積極的な意思はなかったわけです。だって彼らの手元には既に十分な量があったのだから。もちろん軍事的な安全保障の要請(万が一の時に攻めるべき弱点)や相手への嫌がらせはあったものの、しかしエネルギー安全保障という観点から本気になる理由はなかったのです。
なのでこうした「石油を巡る大争奪戦」の前例として最も近いのは米ソ冷戦よりも更に昔、それこそ石油資源がもたらす戦略的優位性*1証明された第一次大戦後から第二次大戦が始まるまでの戦間期にあった各大国たちの大争奪戦まで遡ることになるのです。


つまり、アメリカはもう70年近くエネルギー資源に関して「国家として」正面から大規模な競争を仕掛けられたことがない。第二次大戦後もしばらくはそうした競争は続きましたがヨーロッパ各国は決定的に疲弊し切っていたので、最早まともな競争相手は居なかったわけで。そしてソ連はやる気がなかった。
だからこそ、戦後にアメリカが中東の産油国を影響力下に置こうとする試みは、少なくともその当初は、単純にアメリカ自身の石油の為というよりはむしろ「西側同盟国の為の」石油確保の目的というのが大きな理由でした。
それは第一次大戦でやってみせたようなアメリカ産の石油で他の同盟国の分をカバーするなんてことは、その「血の一滴」とされるほどの価値の上昇によって既にどう考えても不可能となってしまったからです。同時にそれは米国内の国内石油産業保護という要請でもあったし、そもそも自分たちの分は自国内で自給自足するべき=それこそが安全保障上の強みである、と考えていたからです。
まぁその「同盟国の為」だった石油資源確保が成功したことで結果的に自らの石油支配力への過信に繋がり、その安心感からか特に保護政策が解禁された1970年代以降アメリカ国内での石油需要は爆発的に増大し、世界に類を見ないほどの石油消費国となってしまうわけですけど。その一方で同盟国たる私たちは、そうしたアメリカ支配の構図への不安感から石油消費を抑制しようと地道に努力を続けたのは皮肉なお話であります。


話を戻して。前述したようにやはり米ソの冷戦構造では『(特に石油資源をめぐっての)エネルギー安全保障』というお話は、他の面での決定的な対立とは裏腹に、そこまで致命的なものとはならなかったわけです。
しかし最早これからはそうではない。
まさにアメリカ並かそれ以上に貪欲に石油を欲する国家が生まれつつある。1993年に純輸入国に転落し、今世紀に入ってからはその経済発展と共に急勾配で輸入量を増加させている彼ら。その姿はアメリカさんちの石油消費量増大の様子とそっくりなんですよね。かつての冷戦構造下ではそこだけは安寧は保たれていたのにもかかわらず、しかし今回は当然の帰結として、そうした『エネルギー安全保障』においてさえも決定的に対立しようとしている両者。
その意味では、前回の米ソ冷戦構造ではなく、かつて両大戦間の20年ばかりに起きたイギリス対アメリカという新旧覇権国家の争いを筆頭にした――フランスやドイツ(ついで日本)といった国々を巻き込んでの大争奪戦というコースを辿ることになるのかなぁと。


あの頃の「石油をめぐる世界最初の大争奪戦」は、『門戸開放』を掲げビジネスに徹しようとしたアメリカと、一方で政府の手先としての国営企業を利用して石油の支配を推し進めようとしたイギリスという構図でした。まぁ結局当時はイギリスのやり方が優勢勝ちを収めるわけですけども。
その後セブンシスターズというあまりにもやり過ぎな産油国消費国のどちらからも嫌われた民間企業の時代を経て、そして現在、再び石油業界では(中国をはじめとする)国営企業が大暴れな再び時代がやってきている。
この辺りは愉快な相似だなぁと。

すなわち、去る7月、中国国家オフショア石油公社(CNOOC)はカナダの石油開発会社Nexenを151億ドルで買収しようとした。Nexenの時価が65億ドルと評価されていたことを考えると、CNOOCの動きは戦略的考慮からとられたものだと疑われた。

自国のイメージダウンをもたらす中国の資源外交 WEDGE Infinity(ウェッジ)

実際、こうした短期的(株主)利益を無視したやり方が出来る国営企業は、手段を選ばない大争奪戦の時代では、それなりに有効な手段であるわけです。それこそBPがしでかした致命的な環境破壊や、あるいは独裁国家での人権侵害なんかもさらっと無視できる*2。まぁだからこそアメリカさんちはそんな中国の国営企業の拡大に何とか歯止めを掛けようと躍起になっているのでしょうけども。
特に上記のカナダなんて、実はアメリカへの石油最大供給国でもあるわけで。中南米をして「アメリカの裏庭」なんて称されたりしますが、カナダなんてむしろ「アメリカの表庭」ですよ。そこに堂々と国営企業で乗り込む中国さんちも中国さんちですけども。


かくして、現在の構図としては「世界で最も石油に依存し消費量が多く、ついでに海外産石油が占める割合が史上最高となっている」彼らが、「潜在的に一位を追い抜くほどの需要の伸びを見せている世界第二位の消費国」の彼らと真正面から対決するという未知の局面に入りつつあるわけです。
そして未だ「次世代エネルギーの見通しの立たない」エネルギー資源の問題は、世界全体で今後益々微妙な問題になっていくのは確実であります。


各プレイヤーたちも、ゲームの場も、そのどちらも火が着きつつある現状について。
いやぁ絶望的にイヤな予感しかしませんよね。

*1:フィッシャーさんとチャーチルさんが進めた英海軍の「石炭から石油への転換」は単純に性能が33%向上する、と言われてたそうで。

*2:まぁ昔は(ついでに今も少なからず)民間企業もかなりスルーだったんですけども、今はそこまで簡単ではない。