神話ではない現実政治としての『合衆国憲法修正第13条』

神話じゃない、神話じゃない、ほんとのこーとさー。



スピルバーグ最新作『リンカーン』のストーリーはどうしてシンプルなのか? | プリンストン発 日本/アメリカ 新時代 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
ということで冷泉先生の映画『リンカーン』評。概ね僕も似たようなこと――「奴隷解放という建前の裏にあったドキワク政治取引劇」を期待していたもののあっさりした内容らしいと聞いて肩透かしであります。それでも某プライベートライアンばりの戦争シーンには期待してます。ゲティスバーグとかすごい見たい。

 そうなのです。スピルバーグは、南北戦争直前の政局も、奴隷制固執した南部の姿も描かなかったのです。プロデューサーや脚本家とも協議した上で、わざと描かなかったのです。どうしてなのでしょう? 恐らくは、原作本のクライマックスである「南北分裂直前の政局と奴隷制の是非」という大問題を映画の主要なエピソードに据えてしまっては、歴史として余りにも痛々しいものになってしまうと判断したのでしょう。

 2つの州で批准手続きが遅れたというのは、直接的にはそれほど意味はないのかもしれません。ですが、批准が遅れたという事実は、奴隷制と南北分断の記憶が20世紀末まで生々しく続いていたということを象徴しているとも言えなくもないのです。歴史書なら良いのですが、ハリウッドの、しかも人気監督であるスピルバーグの大作映画としては、そのような国家分断の「痛み」を描くことは、まだ時期尚早である、そのような判断があったのかもしれません。

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まぁ言われて見ればその通りなのかなぁと納得してしまうお話ではあります。実際、あちらでは今も尚人種差別問題は厳然としてあるわけで。その(現状にまで至る)歴史――どころかアメリカという比較的新しい国家『神話』の一つの暗部を身も蓋も無く描写するというのは、政治的にも商業的にもやっぱりハードルは高いのだろうなぁと。いつでもどんなときでも政治的に正しいことをすべきだ、なんてこととても言えませんし。
まだ生々しくて直視できない国家の神話。まぁそれは多かれ少なかれ何処の国にでもあるのでしょう。


そもそも論で言えば、当のリンカーンさんでさえ大統領就任時にも、黒人と白人が平等とは考えていなかったわけで。当時においてはそれは珍しい話ではなく――またそこまで批判されるようなことでもなく、過激派であり急進的な『奴隷解放論者』はかなりの少数派でありました*1。比較的進歩的だった彼でさえも、現実的な着地点としては「奴隷制は不当であり」「黒人奴隷はむしろ送り返すべき」と考えていたのです。
故にリンカーンさんにとって、少なくともその当初は、奴隷解放云々というのは戦争の目的ではなく勝手に独立した南部諸州を元の合衆国に「取り戻す」という戦いでありました。奴隷制の是非ではなく、国家を救うことこそが究極の目的である、と。
実際、1862年には南部軍に対して「連邦に戻るのならば良し、戻らないならば奴隷解放を実行する」というそれ自体を取引材料に使った脅しのような休戦案までも提示しているのです。
ところが幸か不幸か、そのリンカーン先生の寛大(?)な提案は南部に受け入れられることもなく戦争は継続されることになります。まぁ序盤は良くて拮抗やや南部側が有利だったので無茶な注文ではありましたけど。ともあれ結果として、目的ではなく手段として、リンカーンさんは伝家の宝刀であった『奴隷解放』を抜くことになります。それはまぁ理想という面も多分にありましたけど、現実的な政治的センスの発揮でもあったわけです。つまり、それをやれば黒人という味方も増えるし、そして南部がアテにしていた諸外国の干渉をその「建前」を掲げることで退けることができるだろうと。


といってもその『奴隷解放宣言』は諸刃の剣でもありました。メリットだけでなくデメリットもあって、特に南部側がその事態を容認したのは宣言によって白人層から猛烈な批判が出ることを読んでいたからであります。実際それは(徴兵を逃れるための金がなく)無理矢理徴兵された貧しい北部州の白人兵士たちから猛烈な反発を招くことになります。

「なぜ貧乏な白人である俺たちが、黒人解放なんかのために死ななければならないのだ?」

という言葉は、まぁそれなりに説得力のある言葉ですよね。
ちなみにこうした愉快な矛盾は北部だけというわけではなくて、戦争後半の追い詰められた南部側も同様で、あの黒人奴隷を徴兵しようとした際の南部軍将軍の有名な言葉があったりするわけです。

「もし奴隷が立派な兵士になれるならば、奴隷制というわれわれの制度は、間違っていたということになるではないか」

いやぁ北も南も愉快なお話ですよね。




かくして北部の勝利に終わった南北戦争でしたが、しかし結局その『奴隷解放宣言』も未完のまま終わることになってしまいます。そして現代まで続く黒人差別の問題へ。何か長くなってしまったので分割して以下次回。

*1:上記リンク先にもあるように、当時そんな奴隷解放論者のほとんどは共和党員で、反対していたのは民主党でした。