ウォルマート戦略がもたらす真に恐ろしい世界

インキュベーター顔負けの悪魔的契約について。


http://agora-web.jp/archives/1532740.html
うーん、まぁ、ゴール地点で仰りたいことは解りますけども、

ウォルマートの経営戦略が指し示すのは、先進国において企業が成長するためには、何らかの形で、労働者からの搾取を行う必要があり、そのために半ば意図的に貧困層が生み出されているということである。 

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しかしこれだけだとウォルマート戦略のその真の恐怖っぷりが微妙に伝わってこないかなぁと。むしろこれだけならば話は簡単なんですよ。だってその悪者――ウォルマートを排除してしまえばいいだけなんだから。しかし、それが出来ないからこそ、この構図が悲劇的で、かつ喜劇的な要素も内包してしまうんですよね。
以下そんなウォルマート戦略が生み出すディストピアな世界の概観について。





まずリンク先で説明されているそのウォルマートの戦略である「規模の力」のお話。

ウォルマートの戦略は、一言で言えば、規模の力で、徹底的なコストカット、特に人件費のカットを行うことにある。

http://agora-web.jp/archives/1532740.html

ここでは省略しまくっていますけども、しかし単純にそのスケールメリットだけでウォルマートの代名詞でもある「コストカット」が実現されているのかというと、微妙に違うんですよね。つまり、彼らが真に強力なのはその規模の力の一歩先にある――文字通り「世界最大の売り上げを誇る」という点にこそある。
ウォルマートが世界最大の顧客を抱えているという点こそが、そのコストカットを断行できる力の根源。それは民主主義における政治家たちが力を与えられているのとほとんど同じ理屈であります。つまりその背景には「無数の支持した有権者たち」が控えているから、政治家達には影響力を持つ。数とは力である。そしてウォルマートには世界最大の顧客という『伝家の宝刀』があるからこそ、彼らが行う無慈悲なコストカットに抵抗することができない。
ウォルマートの行うコストカットは、まさに、無数の消費者に支持されている。暴力以外を重視するこの現代社会において『交渉力』としてこれ以上強力なモノはありませんよね。


そんなコストカットもウォルマートの従業員だけにやっていたのならば、そこまでは問題はなかったのです。内部問題として勝手に身内でやっていればよかった。ところが彼らのそのコストカットはウォルマートへのサプライヤー――商品の供給者たちにまで及んでいる。まさにその上記『交渉力』を背景にウォルマートサプライヤーにまで無慈悲なコストカットという圧力を強いることになる。
「もし、コストカットしなければ(世界で最も大きな売り上げを持つ)私たちは君から商品を仕入れるのをやめてしまうよ?」なんて。
ウォルマートのやっていることはただ単にその自身の従業員を苦しめているわけではないのです。それどころか商品の仕入先ほとんど全てに対して、その強力無比な『交渉力』を使ってそのウォルマート戦略を伝染させていく。それは第一世代だけでなく、仕入先の仕入先、第二世代第三世代と連鎖していく。
その過程で生み出される「低賃金労働」や「失業」という問題はその裾野へ向かって無限に広がっていく。ただ単にウォルマート一社という問題で済まないのです。


さて、そもそもウォルマートといえば「Every Day Low Price」であり、その安売りこそが唯一絶対の教義であります。
つまり、彼らは安売りに殺到するような日々の生活が苦しむ貧しい層が増えれば増えるほど、潜在的な顧客が増えることになる。ということはウォルマート流のコストカットが進めば進むほど、彼らの売り上げはどんどんと増えていくことに……。
ここにウォルマート戦略の恐るべきサイクルが完成している。
コストカットが広く一般に進めば進むほど、そのコストカットによって収入の減った人びとはより「安売り」を求めるようになっていく。それでも、因果関係が解りやすい当事者であるウォルマートの従業員であれば反発して他の店に行くかもしれない。ところが間接的に「直接の売買関係にない」ウォルマート以外の他社の労働者たちは、安売りと喜んでそのお店へ足を運ぶのです。


ウォルマートの無慈悲なコストカットによって生まれた貧しい労働者たちが、ウォルマートの安い商品に殺到する。かくして彼らは世界一位の企業となった。
まるで冗談のようによくできたお話。
それは多かれ少なかれ何処の国でも起きている話ではあります。そしてウォルマートだけが悪いわけでは決してない。だってもしこの悪魔的なサイクルをウォルマートがやめたとして、じゃあ他にやらない奴が居ないのかというと、そんなことまったくありませんよね? ただ単にウォルマートはそれを一番上手くやっているというだけでしかない。
別に客達は強制的にウォルマートで買い物をさせられているわけではなく、むしろ自発的にそこに集まっているのだから。そのブランドに魅かれて集まるのではなく「安さ」に引き寄せられているだけ。
つまり安ければどこでもいい。そしてウォルマートはその安さの演出に最も上手く成功しているに過ぎないのです。


ウォルマート戦略の真に恐ろしい点は、その自らの売り文句である「Every Day Low Price」を求める人びとを、自らの手によって生み出している点にあるのです。まるでどっかのヤクの売人のように、買えば買うほど、その商品から客を離れがたくさせている。
私たちは安くてお買い得な商品を求めれば求めるほど、それは回りまわっていつか自らの首を絞めることに気付いていない。あるいはどこかで誰かの賃金が減らされていると薄々気付いていても、「自分だけはいいだろう」「自分が(コストカットという)痛い目にあうことはないだろう」と見て見ぬフリを続け、そして今日も安い商品を手に取るのです。もちろん僕もその一員であります。


市場の、競争の、資本主義の行き着く果て。
いやぁ、私たちの生きる世界ってなんて見事なディストピアなんでしょうね。