独裁者による負の遺産

エジプトにおける政治的混沌状態の最大の要因の一つ。真っ当な政治勢力の不在。



エジプト軍が文民統制との決別を表明、大統領への宣誓文を修正| Reuters
ということで、良くも悪くもとりあえずは混乱の山場を越えて、落ち着いてきたかのように見えるエジプトさんちであります。徐々に仲が悪化していた独裁者たるムバラクさんを切り離し、ついでにイスラム主義者まで国民支持の下に排除することに成功したことで、最後に立っていたのはエジプト軍だったっていう。更には軍事政権を維持していく為に重要な海外からの資金援助まで取り付けているとあって、ほぼ完全勝利といっても良いのではないでしょうか。『アラブの春』の果てにあったもの。
――じゃあ今後はどうなるのか、という辺りについての適当なお話。


【図解】エジプト軍の強大な政治的影響力 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
【図解】ムスリム同胞団の興隆と衰退 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
さて、以前の日記でも少し触れましたけども、まぁ端的にいって現状エジプトにおける政治的混乱の大きな原因の一つとしてあるのが、上記この二大政治勢力「以外」にまともな全国的な政治組織が存在しない点にあるわけですよね。ムバラクさん時代までの独裁によって、有力な政治勢力は尽く弾圧され排除されてきた。だからこそ、今こうしてエジプトではまともなプレイヤーがほとんど存在しないという愉快な状況になっている。民主化勢力を糾合できる人物なんてとても見当たらない。せいぜい居たとしても毎回口ばっかりのエルバラダイさん程度の人しかいない。
だからそもそも論でいけば、上記二大政治勢力以外が選挙が勝てるわけないのです。
おそらくエジプトでは次の選挙までは暫定的に軍事政権が続くことになるでしょう。今はそれでいいとしても、問題はこの後であります。中長期的な焦点の一つとして、果たしてそれまでに『軍』でも『過激なイスラム主義者』でもない真っ当な政治勢力を育てることができるのか? ……というと正直アレだよなぁと。
この根本的構造を解決しない限り、おそらくエジプトの革命、あるいは改革らしきモノはまったく進むことはないでしょう。
――でも正直エジプト国民が最も望む政治勢力とは一体どういう勢力なのかまったく解らないんですよね。(前回同胞団が曲がりなりにも選挙で勝ったことを考えれば)西欧流の世俗国家はあまり受けそうにないし、より中道によった穏健的なイスラム国家とか? でもそれを言ったらナセルさん時代の世俗主義はともかくとして、そもそも数年前までのムバラクさん時代のエジプトといえばもうかなりそんな穏健的なイスラム寄りだったんですよね。その市民の底辺層から増大し続ける『イスラム』を求める声に妥協する形で、エジプトの旧与党であった国民民主党はかなり穏健的にイスラムを取り入れていたのです。だからかつてあった世俗国家という目標なんて事実上絵に描いた餅状態だった。
まぁそんな態度が結果として、軍との距離を開き、ついでに同胞団の躍進を助けることとなったのは皮肉なお話ではありますけど。
かくして他にプレイヤーが居ないという理由で、軍かイスラム主義者か、という不毛な二択しか出てこない現状。いやぁ一体どうやってこの状況を解決するのかなぁと。時間が解決するのかもしれませんが、正直それまでに軍部が支配体制を強固にしてしまったら元の木阿弥であります。




ともあれ、まぁこの辺は別にエジプトに限った話ではなく、ついでにリビアなどでも状況は同じで、ある意味で普遍的なお話でもあります。つまり、独裁政権が続いていた時代にあまりにも野党ポジションの政治的組織が弾圧され無力化されていると、当然の帰結として、その独裁者以後の時代に新政権を担えるだけのまともな政治勢力が居なくなってしまう。
基本的には、そもそもがそうした政治勢力が居なければ独裁者を打倒することさえ難しいわけですけども、しかし――まさに今回のエジプトやリビアのように――まぁ運やタイミングが良かったり外部からの介入によって棚ボタ的にそれがなされると、見事にこうしてその後で困ってしまうのです。誰が新しい国家のリーダーとなるのか? 中心を担えるだけの強力な政治勢力の不在。皮肉にも旧独裁者からは「脅威にはならない」と見逃されてきた諸勢力の乱立によって、混乱状況は加速することになる。


ということで、今後のエジプトの焦点としては、軍でもイスラム主義者でもない、『第三の道』を見出すことができるのか?  という点に尽きるのではないかと思います。でもそれってほとんどムバラクさん時代と同じだよね、というオチ。
がんばれエジプト。