『パセリ危機』が私たちに教えてくれること

かつての『パセリ危機』にあって現在の『南シナ海の危機』では失われつつあるもの。




ここで昔話をひとつ。

時は12年と少し前。現地の言葉で「パセリ島」と呼ばれる無人島がありました。そこには幾らかの山羊と、そして名前の通り野生のパセリが繁茂するだけの、特に何の意味もない小島。しかしその島は不幸にもある二つの国家の勢力圏の境界付近に存在していたために、長年双方の国から統治権が争われていました。よくある話と言えばこれ以上ないほどよくある話。
――ここで更によくあることに、一方の国がそのパセリ島に兵士を送り込み国旗を打ち立てたのです。
もう一方の国の政府は、多くの国民たちは当然激怒しました。必ず邪知暴虐な振る舞いは排除しなければならない。かくしてそれ以上の軍隊でもって彼らはそのパセリ島を取り戻します。兵士20人で取られたのだから、こっちは75人の空挺部隊。見事に島を奪還します。
もちろん収まらないのは奪還された方、最初に兵士を送り込んだ国。彼らはそれを「戦争行為だ!」と非難します。もう一方の国でもあったように若者たちは「我らの血と魂をパセリ島に捧ぐ!」と気勢をあげます。かくしてパセリの繁茂するだけのその無人島は、両国が軍隊でもってにらみ合う一触即発の危険地帯へと変貌したのでした。
パセリ島をめぐる争い。どう見ても利害関係にない他人から見れば喜劇でしかない構図。両国政府ともに、その自負心と国民感情の手前どうすることもできませんでした。


ところが、当時はともかくとして、現在ではこのパセリ島が大きな歴史的出来事として知られていない事実が示すように、結局この両者の争いは有力な第三国の仲裁によって仲裁したのでした。
おしまい。

ペレヒル島 - Wikipedia
さて、このジブラルタルに浮かぶ小島についての教訓めいた一連のお話で、最も重要なことは何か?

  • 国際問題化させようと最初に手を出したモロッコの迂闊さ? 
  • それとも軍隊によって本気でやり返し事態をエスカレートさせたスペインの反応?
  • あるいは、最後にその争いを仲裁させた――国連でもなく欧州連合でもなくNATOですらなかった――アメリカの存在?


結局のところ、そこに戦略的意味や資源があろうとなかろうと、こうして『パセリ島』のような何の価値もない島を巡って争うことは、人類社会が避けようのない事態の一つではあるのでしょう。故に重要なのは、いつだって失敗のリカバリーの為の方策なのです。失敗するのは人間が人間である以上避けようがない。ならば一体どのようにして失敗を取り戻すのか。
つまり、誰がその争いを双方が納得する形で仲裁させるのか?
アメリカ一極支配体制下でそれがパクスアメリカーナと呼ばれたのは、つまりこうした事例において実行力をもった第三者がきちんと機能していたからなわけですよね。少なくとも双方の当事者がその仲裁を受け入れるだけの信頼を持った仲裁者の存在していた、ということこそが重要だったのです。少なくともそんな危機回避の枠組みや存在さえあれば、何度危機が起きようとも回避できるから。アメリカの存在そのものが重要なのではなく、アメリカが担ったその仲裁役の存在こそが。




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南シナ海問題、ASEANと中国との問題ではない=中国外務省| Reuters
で、翻って私たち日本も決して他人事なんかじゃない南シナ海
なぜ今の南シナ海の騒動がほんとうに心配される状況なのかって、単純に危機の深刻さがどうだとかそういう問題じゃないんですよね。もしかしたら今回は上手く収まる可能性だって決して低くない。それでも、多くの当局の中の人たちが今回の件を戦々恐々と見つめるのには、もっと大きな頭痛のタネがあるから。結局、今回の件も個別の事案がどうこうではなくその「一歩先の」不透明さに行き着いてしまうのです。
パセリ危機の時代にはあったものが、南シナ海の危機の現在にはなくなりつつある。同時にまた、台頭する大国である中国はそんな『仲裁役』の存在そのものを認めようとはしない。


この南シナ海では、そしてこれからは、一体誰がその「仲裁役」をしてくれるのだ?
仲裁役を担おうとするプレイヤーが居なくなりつつあることと、そんな仲裁役は必要ないと言ってのける当事者が登場している現在の南シナ海。いやぁおっそろしいとしか言いようがありませんよね。


がんばれ人類。