(強きドイツの)光と(弱きギリシャの)闇があわさってもユーロは最強にならなかった

チキンレースで追い詰められ、ついには自分のブレーキをぶっ壊したギリシャ



ギリシャの手中にある欧州の未来 国民投票の結果にかかわらず、EUは永遠に変わる | JBpress(日本ビジネスプレス)
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ということでギリシャ国民投票から様々な評論が出てきて面白いなぁと眺めている今日この頃、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。他人事なせいか気楽に眺めていられる分私たちは幸運なのだろうなぁとしみじみ思います。


さて置き、最近(酔狂なことに僕なんかに)聞かれるんですが、結局のところギリシャを中心にユーロ圏で今何をやってるのかって、典型的なチキンレースなんですよね。ギリシャはこれまでの生き方を固持しようとするし、ユーロはユーロで――そもそも彼らの存在意義である『経済統合』を目指す為に――そんなギリシャ特有のやり方は認めないとする人たちの争い。これまでは力関係そのままに、ほぼギリシャのように欧州内で弱い国が一方的に譲歩を重ねてきたものの、ついに彼らがその横暴にぶち切れる日がやってきた。
そげぶそげぶ。
先日の国民投票が意味するのは、最早ギリシャはブレーキを踏む・譲歩するつもりが無いという宣言でもある。もしかしたらそれすらも高度なブラフな可能性もあるのかもしれませんけど、基本的にはあのチプラスさんによる「反対勝利」が意味するのは、チキンレースの最中にあるギリシャがついにブレーキをぶっ壊し最早退路無しと高々と掲げた、ということなのでしょう。


よくある誤解だなぁと思うのは、黒幕ドイツがユーロ安で得しているから云々、というお話がありますけども、あれってドイツ自身の思惑としてはまったく逆なわけですよね。いやまぁドイツの振る舞いが危機の原因というのには概ね同意するんですが。
なぜドイツの中の人たちはインフレを親の敵の如く憎んでるの? - maukitiの日記
むしろインフレを憎み物価安定こそを至上命題とするドイツだからこそ、ドイツの影響力が強いユーロでこんなことになっている面が大きい。そもそもギリシャやイタリアやスペイン等々って、そんなドイツの至上命題とは真逆で物価上昇率が高くても気にしないし、むしろ競争力回復の為に通貨切り下げを積極的に容認する国家でもありました。実際これまでの彼らは、まぁそのやり方でそこそこ上手くやってきたわけですよ。
しばしば、この期に及んでも楽観的な、ギリシャ風メンタリティとして愉快な行動様式が紹介されたりしていますけども、実際確かに「これまでは」それでやってこれたわけですよ。ヤバくなったら通貨切り下げちゃえばいい。弱い通貨ドラクマ万歳。
――ところがユーロを導入すると、そんなやり方はユーロとECBが、ドイツが許してくれなくなった。だからもし本当にドイツが意図的に「弱いユーロ」な輸出で儲けるつもりならこんなこと起きていなかったんですよ。


ちなみに心底救えないというか笑えないというか笑うしかないのは、ドイツの今の輸出経済の好調っぷりは2000年代前半の経済停滞期に起きた賢明な財政赤字「拡大」のおかげでもあって、もしドイツの不誠実さを批判するならそこを突くべきなんですよね。でも自分の金で自分を救うのと、自分の金で他人を救うのでは越えられない壁があることもやっぱり事実でしょう。
しかしギリシャのような弱者には(自らの伝統的価値観にそぐわない)緊縮を跳ね除けられるだけの発言力はなく、かといって伝統的にやってきた通貨切り下げによる回復も不可能だった。この二重苦こそがユーロ内の弱小国が抱える問題の根幹にあるわけですよ。


イタリアやギリシャなど、ユーロ導入前のインフレ率の推移と、導入に向けての収斂、導入後の低空飛行を見ると一目瞭然ですよね。
ギリシャのインフレ率の推移 - 世界経済のネタ帳
イタリアのインフレ率の推移 - 世界経済のネタ帳
でも、だからといって、そんな簡単に国民意識まで変わるわけなかった。人々はユーロの便利さを享受する一方でそんな落とし穴があるなんてこと気にもしなかった。
ここでギリシャのような人たちはようやく気付くのです。ユーロ導入するという事は、つまりブリュッセルの言う義務を果たさねばならなかったことに。でもそんなの一方的でずるいじゃないか、ということにはやっぱり一理あるでしょう。なんでドイツ等一部の国の言う通りのユーロでいなければいけないのだ。他の国の意見だって聞くべきだ。ドイツは横暴だ。全てはドイツが悪い。
ただ一方で、身も蓋もなく欧州連合ひいてはユーロにおいて、ほぼ一貫して旗を振ってきたのがドイツであることもまた事実でもあるわけですよ。少なくとも彼らにはその自負がある。ドイツの指導力が無ければ今のユーロもなかった。まぁこれを戦前ドイツの覇権的振る舞いと比較し揶揄する声がありますけども、そこそこ適切な表現でもあるんですよね。まさに彼らは(懲りずに)今も「ドイツ的秩序が世界イチィィィィィ!」とやっているのだから。ただそれが今回は経済力というだけ。
まぁやっぱり軍事力でやってないだけずっとマシではあるんですが。


ともあれ、こうして財政政策――特に経済危機が発生した時その立ち直り方なんかを巡って、(強いドイツ等による)ユーロ的常識と(弱いギリシャ等の)伝統的各国ローカルな常識の、終わらぬ骨肉の争いが宿命づけられたのです。ぶっちゃけこの戦いってそれこそユーロの始まりからずっと続いていて、緊縮を押しつけられる弱い国という失敗だって別に今回ギリシャが初めてではなく、それこそ2002年のポルトガルで緊縮を押し付けてして大失敗したのが今でも後を引いているのでした。
果たして強い国と弱い国が混在するユーロにあって、一体どのような通貨を目指すべきなのか? それが正しいかどうか別にして、ドイツにはそのビジョンが確かにある。ではそれ以外には?
問題は結局、ここの哲学に行き着くのです。

 彼らは、ギリシャの機能不全はギリシャ特有のものであるという事実に安心を見いだしている。ギリシャとの交渉は、駆け引きと、繰り返される誤算に蝕まれてきた。今では多くの人が、ギリシャがいない方がユーロ圏は安定するだろうと考えるに至っている。

 残念ながら、それは間違っている。ギリシャの先に目を向けてほしい。ユーロ圏内でのさらなる軋轢という脅威は、ほぼ不可避と言える。ギリシャの離脱はユーロが解消不可能ではないことの証となるものの、どのようなルール違反が追放につながるのかは、誰にも分からない。また、救済において必然的に生じる債務国と債権国の二極化も解消されないだろう。

 ユーロが改革の必要性に正面から向き合わなければ、今回の危機か、あるいは次の危機の中で、さらなるギリシャ、さらなる大失態、さらなる悲惨な1週間が生まれるだろう。やがてそれがユーロを、そしてEUそのものを破壊することになる。

ギリシャの手中にある欧州の未来 国民投票の結果にかかわらず、EUは永遠に変わる | JBpress(日本ビジネスプレス)

この強者と弱者の間にある妥協点を見出せない限りユーロの危機は何度でも蘇るし、そして実際にこの問題を解決できないからこそ、ギリシャの問題はここまで長引いている。緊縮を一方的に押し付けるのはおそらく間違ってるものの、しかしじゃあ緊縮以外に何をすればいいのか? それこそかつてのリラやドラクマのような通貨切り下げに甘いユーロにすればいいのか?
実質的にドイツ以外に目指すべきビジョンを持ち且つヨーロッパで指導力を発揮できるだけのリーダーも居ない以上、消去法として現状のようになるのも無理はないんですよね。この点はヨーロッパにおける強大すぎる故の孤高のドイツ、という近代以降の欧州史的には不変な構図なのかなぁと思います。



かくして、ついに弱きギリシャは最後の希望あるいは絶望として自らのブレーキをぶっ壊す暴挙に出た。そのまま崖に落ちるかもしれないが、もしかしたらチキンレースに勝てるかもしれないと一縷の望みにかけて。
いやぁユーロは一体どうなってしまうんでしょうね。みなさんはいかがお考えでしょうか?





たぶん次の日記もここで書ききれなかった「アリとキリギリス」なギリシャネタ。