その対北融和策、レオ・シュトラウスが見たらどう思うでしょうか?

でも「平和は人権より重い」と考えている私たち。




北朝鮮、拘束米国人の解放準備か 平壌市内に移送との情報 - BBCニュース
拘束されていた米国の人が北朝鮮から戻ってくるそうで。

韓国のメディア各社は2日、北朝鮮が拘束中の米国人3人を平壌市内のホテルに移送し、食事や医療サービスなどで待遇を改善していると報じた。

北朝鮮金正恩キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長とドナルド・トランプ米大統領の首脳会談を前に、友好姿勢の表れとして北朝鮮が拘束者を解放する可能性があるとみられている。

北朝鮮、拘束米国人の解放準備か 平壌市内に移送との情報 - BBCニュース

いやぁ平和が生まれることってすばらしいよね。いよいよ迫ってきている米朝会談の地均し、バーター感は正直強いんですけども。
もちろんトランプさんはこれを「成果」と掲げることもできるでしょうけど、実はそれはそれで諸刃の剣でもあったりする。もちろんその極北には見事に現状容認と時間稼ぎというオチでしかなかったチェンバレンさんのミュンヘン会談があるし、それだけでなく国内政治としても同様なんですよね。
何故なら、下手にこの北朝鮮の所業を強調してしまうと非核や平和の声のカウンターが大きくなってしまいかねないから。
――それは(自国民を不当に拘束していた)卑劣な敵と妥協する、という意味と限りなくニアイコールであるから。
もし、トランプさんがこの『対北融和』の演出に失敗してしまうと、これまであった左派からの批判だけでなく、「アメリカが北に良いように利用された」と右派からも弱腰だったという批判も盛り上がりかねないんですよね。これまで言ってきたはずの「ならず者国家」と手を結ぶアメリカという印象は絶対に避けねばならない。


米国政治の過去においてこうした『融和政策』に関しての米国政治における揺り戻しをモロに受けたのが、米ソのデタントを推進したキッシンジャー先生でした。ベトナムとウォータゲートの失態から立ち直るために彼は左派を出し抜く(そして世界的な共産主義との戦いの政治的リソースを確保する)切り札として考えていたそれが、むしろ軽視していた保守層の有権者たちからの融和政策への反対世論がワンテンポ遅れて盛り上がることを、外交の大家も読めなかった。
ベトナムに負けるようなアメリカではあってはならない、ウォーターゲートで保守派はいつまでも沈黙していてはならない。実際、フォードさん自身もその後の大統領選でカーターさんに敗れたのはかなり僅差だった。
そして政権の一時期には外交を中心に影の支配者となっていたキッシンジャーは、デタントの不評っぷりからフォードに疎まれ、やがてラムズフェルドとチェイニーとの政権内の主導権争いに敗れることになるのです。面白いのは、こうした変化が結果として「ソ連は悪の帝国である」なレーガン政権を生む下地になった点でしょう。融和政策を進めたはずが、結果として誕生したのはこれまでにないほどの対ソ強硬の政権だったというオチ。


ネオコンの源流とされるシュトラウス派のレオ・シュトラウス先生はそうしたレーガンソ連は悪という断言を(一般には批判が多い中で)支持し、ヒトラーに立ち向かったチャーチルへの賛辞として次のように仰っています。

専制者は権力の絶頂にあった。不屈で寛大な政治家と狂気の専制者との対照――この単純明瞭な光景こそ、人がいつでも学ぶことのできる偉大な教訓の一つである」

一部の欧米エリートのみなさんが好きな「善人が行動しなければ悪ははびこる」論っぽいよね。
日本が「人権軽視をしない国でけしからん!」と怒られる日 - maukitiの日記
以前も日記ネタにしたお話ではありますが、こうした「手打ち」ってほとんどそのまま狂気の独裁者の存続そのものでもあります。国民を極限状態にまで追い詰めたり、兄弟を暗殺したり、外国人を拉致や拘束したり、元側近や政治犯を残虐に処刑してみせたり*1する彼への国家承認こそが、北朝鮮の(核に込めた)悲願でもある。。
台湾が多くから断行される一方で、北朝鮮がこうなりつつあるというのはひたすら現代国際政治の現実という感じ。
まぁトランプさんのスローガンであり、ついでに日本にもかなりの多数派を占める「自国ファースト」な人たちは別に何の問題もないお話ではありますけど。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/05/abduction-northkorea_a_23427629/
普段とっても『人権』を気にしているはずの日本のリベラルの中にも、金王朝とも呼ぶべき北朝鮮と『平和』がなされることについて、そうした道徳的ジレンマを感じているような声は大きくない。北といえば『地上の楽園』だからセーフなのか、それともアベという悪魔を倒すためなら別の悪魔とも手を結ぶつもり*2なのか。
ちなみにこうした議論において、せいぜい40年前には「悪の独裁国家アメリカが同盟なんてけしからん!」と言われていたのが韓国だったりするんですよね。いやぁ時代はめぐるものだ。


平和を手に入れられるなら、私たちは悪魔とも手を結ぶべきなのか。さすがにヒトラーは否が多いかもしれない、ではソ連は? ポルポトは? フセインは? アサドは? 
そしてオチを知っている歴史ではない現在進行形の北朝鮮は? そう考えるとチェンバレンさんの融和も理解できなくはないよね。
「世の中には議論の余地のない善悪ラインは存在するか」「あるとすればその基準は?」というのはリベラルについての古典的な哲学議論ではありますが、今の北朝鮮問題って国際関係だけでなくその最前線という感じもあって端から見ている分にはwktkするしとても面白いと思ってます。


【北朝鮮情勢】制裁、人権問題…「刺激すれば対話白紙に」 北朝鮮が米国をけん制 - 産経ニュース

北朝鮮外務省の報道官は6日、米国が米朝首脳会談を前に、核放棄するまで制裁を緩めないとしていることや、人権問題を取り上げる構えを見せていることなどを非難し「相手を意図的に刺激する行為は対話ムードに冷や水を浴びせ、情勢を白紙に戻す危険な試みだ」と米国をけん制した。朝鮮中央通信が伝えた。

【北朝鮮情勢】制裁、人権問題…「刺激すれば対話白紙に」 北朝鮮が米国をけん制 - 産経ニュース

北朝鮮の対話において人権問題を持ち出す方が場違いだし間違っている、という北朝鮮自身も用いる主張。キッシンジャー先生も外交に倫理的問題を持ち出すのはよくないと仰っているしね。「あるよ。善悪はあるよ」派がシュトラウス先生だったりもするんですけど。
韓国警察、北朝鮮批判ビラの散布を制止 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
まぁ南北に分断された朝鮮半島としては、そういう善悪を越えた民族的悲願があることは理解できるお話ではあります。でもそういう「民族的悲願」の存在を認めると、なら日本の民族的悲願とは……おっとこれ以上はいけない。


ともあれ、ではそうではない部外者である私たちが「人権は平和より重いのか?」と聞かれたら? 
まぁ今の状況そのままに、おそらく左右含めて日本の世論は平和の方が重いと答えるんじゃないかな。(『悪い独裁者は倒されるべき』なシュトラウス派の)ネオコンじゃないし僕も概ねそう思うよ。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:北朝鮮の処刑まとめ - NAVER まとめ

*2:これはチャーチルさんの「ヒトラーを倒すためなら私は悪魔とでも手を組むだろう」より。