「それでも私たちは信じている、民主主義のチカラを」という陥穽

アベ独裁政治を支持する日本の有権者の愚かさを憂う人は、サルトーリよりもランシマンを読もう!




想田和弘氏『いまの日本は政治学的にも事実上の「一党独裁」…政治学者の皆さん、異論ありますか』という問いを受けた議論 - Togetter
うーん、まぁ、そうね。夏だからしかたない。このクソ暑いのがすべてわるいんや。

いまの日本の政治状況は、政治学的にも「事実上の一党独裁」と呼んでいいんじゃないかな。政治学者のみなさん、どうですか。異論ありますかね。

想田和弘氏『いまの日本は政治学的にも事実上の「一党独裁」…政治学者の皆さん、異論ありますか』という問いを受けた議論 - Togetter

事実上の一党独裁が成立しているのだとしたら、それは主権者の責任です。与党を繰り返し選挙で勝たせてきて、それも両院で3分の2を与えたわけですから。これでせめて世論調査での支持率が下がるなら与党も無茶苦茶するの控えるでしょうけど、主権者はそれすらもしないんですから。完全に制御放棄。

想田和弘氏『いまの日本は政治学的にも事実上の「一党独裁」…政治学者の皆さん、異論ありますか』という問いを受けた議論 - Togetter

まぁボロカスに言われていますけども、実はこの愉快な人のお話の本題って「一党独裁」そのものではなくて「愚かな有権者への疑念」の方なのでちょっと議論としてはズレている感じはあるかなぁと。ネットの常ではありますけど。
実際、まぁ所詮衆愚政治からしかたないと諦めてはいるものの、多少なりとも政治に興味がある人であれば地方政治を筆頭にぶっちゃけ「一体なんでこんな人に投票するのだろう」というのはまぁ――節度ある大人であればまさか口には出さないにしても――内心ちょっと思ったりはするんじゃないでしょうか。
ふつうは口には出さないけど(大事なことなので二回目)。




――で、その答えとしてサルトーリ先生を持ち出すのはまぁ「事実上の一党独裁」への反論としては正論ではあるものの、正直この愉快な人の本質的な疑問に応えているとは言い難いかもしれない。ということで個人的に、不適当(主観)な政治家へ投票する愚かな有権者たちの疑問、という議論を考えるという意味で読むならばデビッド・ランシマン先生*1の方を勧めるかなぁと。
『The Confidence Trap』(自信の罠)
『How Democracy Ends』(いかにして民主主義は終焉するか)
この辺を読めば概ねすっきり解決できるんじゃないでしょうか。英語しかないのがジャパニーズオンリーな私たちには厳しいものの、amazonにも売ってるレベルなので簡単に購入できるしね。グローバリズムってすばらしいなあ。でもやっぱり日本語でさっくり読みたいので意識高い出版社はどこか翻訳してくれませんかねえ。



ともあれ、まさにこの愉快な人の言う所の正真正銘の『政治学者』であるランシマン先生のありがたいお話を大雑把にまとめると、「民主主義には強力な危機対応能力があり」故に20世紀という波瀾の時代を多くの民主主義政治国家が(逆戻りすることなく)乗り越えてきた。しかし、それ故に現代の有権者たちは民主主義を信じすぎてもいる、と見ているんですよね。
そんな自信過剰と傲慢さ故に、いつか民主主義が終焉するかもしれない、と暗示している。

そうでないと、ここ数年の現象は説明がつかない気がしてならない。民主主義の健全性に関心がある主権者であれば、安倍自民党のことはどう考えても支持できないわけで。で、現に安倍政権が支持されてるってことは、日本の主権者は民主主義の健全性を保つことに興味がないってことじゃないか。

想田和弘氏『いまの日本は政治学的にも事実上の「一党独裁」…政治学者の皆さん、異論ありますか』という問いを受けた議論 - Togetter

こちらの愉快な人はおそらく心の底から民主主義の健全性を心配しているんでしょうけども、ランシマン先生からすれば現状認識としては真逆で(安倍さんごときで)民主主義の健全性が失われるとはまさか思っていない人が大多数なのでしょう。これまで何度も――というか毎年「民主主義が死ぬ」と言っても死んでこなかったのだし。
それは健全性に興味がないからではなく、その伝統・強靭さを信じているから。だから下手に「民主主義が死ぬ」と連呼する人よりもずっと民主主義信奉が強いとも言えるんですよね。
であればこそ与党を多少大きく勝たせても問題ないし*2そこで致命的に大きな反政権運動が起きることもない。


もしそれで『にほんをとりもどす!』ことに失敗したら?
――また政権を変えればいいじゃない。


まぁ少し前にありながら早くも私たちの記憶から消えつつある一連の都知事選の顛末でも見た光景ですよね。良くも悪くも私たちは民主主義の永続性・連続性を確信している。それは社会に深く根付いたことの証左でもあるし、つまり「民主主義は最早あって当たり前」であり今更それが奪われると想定すること自体への冷笑でもある。いくら安倍さんがアレだからといって、まさか最悪の未来予想であってもさすがに自由民主主義を放棄することはまずないだろう、という楽観。もしかしたら本当にアベはヒトラー再来を目指しているのかもしれないけれど、しかし大多数の人はそんな危機感は空が落ちることを憂うようなものだと見ている。
上記togetterの反応を見てもまぁ空気としてはそういうことなんだと個人的には理解しています。


ということで日本の有権者による安倍政権の支持・黙認について「民主主義の健全性への興味の無さ」と見るのではなく、ランシマン先生の議論を引いてそれを「安倍政権を支持するのは自信過剰に過ぎる」と批判するのであればもうちょっと賛同を得られたんじゃないかなあと。まぁ本当に安倍政権が日本の民主主義自体にとってネガティブなのかはポジションによって諸説あるとしても、なんで「事実上の一党独裁」とか愉快なお話持ち出しちゃったのだろうか。


それこそトランプさんやブリグジットなどでも見られるようにワンチャンあると民主主義的手法に則って『劇薬』を選択してしまう有権者たちをして、民主主義への過信というランシマン先生流の議論は欧米政治において結構最前線のテーマでもあるんですよね。上記togetterのようにそこまでにボロクソに言われるような話でもない。
実際、良くも悪くも過去の自民党政治からそこまで逸脱していない安倍さんはともかくとしても、トランプさんのような人をマジで選ぶアメリカ国民は本当に民主主義の強靭さを信じているんだなあと感心してしまいます。
鳩山由紀夫 on Twitter: "トランプ-プーチン会談が行われた。具体的な成果がないではないかと批判したがる者は批判するが、対話することが重要であり、ロシアを敵視してきた昨今の欧米にトランプが異を唱えたのだ。そもそもクリミアは欧米の陰謀でウクライナ政変が起き、その危機感で民主的にロシアへの併合を望んだのだ。"
いやまあ鳩山さんを選んだ私たち日本人が何を言っているんだ――もちろんこれは別のポジションからは安倍さんを選んだ日本人という言い方と表裏一体でもある――と日本政治に詳しいアメリカ人からは言われてしまいそうですけど。
日本にも正義・改革のためなら「多少は民主主義的手法を無視したってかまわない!(それで民主主義自体が失われるわけではないからセーフ)」と言ってしまう人は左右問わずいっぱいいるわけで。でもそういう彼らが本気で民主主義を捨てたいのかというとそうではないと思うんですよね。こちらも同様に「民主主義がそう簡単に沈むか!」と素朴に信じているからそんな妄言をあっさり口にできてしまうだけ。
だからそんな「民主主義への過信」と「それ故の軽視」って、欧米だけでなく本邦でも同様に政権支持・不支持問わない世界的なトレンドなのでしょう。それは単純な民主主義不信というよりは、当たり前のものとして完全に定着してしまった故の傲慢さとして。


民主主義は融通無碍だ。そのため長期の問題を増大させてしまう。いずれ適応して対処できるとわかっているので安心してしまうからだ。債務は蓄積し、歳出削減は後回しにされる。
民主主義はチキンレースになっている。事態がほんとうに悪化すれば適応する。最後には適応できるから、ほんとうに悪化するまで適応しない。両者のせめぎ合いだ。チキンレースは狂いが生じるまではなんの問題もないが、狂いが生じた時には致命的になる。*3

おそらく、日本も既にこのチキンレースの段階に突入している。財政という意味でも社会福祉という意味でも少子化という意味でも安全保障という意味でも。これまで通り先送りすれば数年は稼げるかもしれないが、そうしないのであればなにか抜本的なカイカクが求められる。といってもカイカクの中身について議論の見通しはないけれど。この難題については結局ランシマン先生も何も答えてくれない。


健全性に興味が無いから民主主義が死ぬのではなく、むしろどうせ死なないだろうと問題解決のために多少無茶なことをやらせ続ける愚かさこそが、いつか民主主義をほんとうに殺すかもしれない。そうは言っても仕方ないよね。だって他に方法が見当たらないんだもん。だからこそ欧州離脱に賭けるし、トランプを選ぶし、民主党政権に一度やらせてみたし、安倍さんに再びやらせてみるのだ。


ランシマン先生が言う所の「民主主義を過信し、故に軽視する私たち」について。
政治学者な人も、そうでない人も、みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:David Runciman - Wikipedia

*2:この辺は現代日本政治のマジックワードでもある『改革』の必要性を訴えてきたことの副作用という面も大きいんじゃないかと少し思ったりします。与野党が身動き取れないほどに拮抗していると、日本の政治がどうなるかは私たちは身をもって知っているわけじゃないですか。

*3:これはビル・エモット『西洋の終わり』P45からの孫引き。