食料危機とパワーゲーム

食料自給率と食糧危機に絡む以前の日記の続きというか、焼き直し的なお話。


「日本の食料自給率40%」は大嘘!どうする農水省|食の安全|JBpressにおいて、

浅川 世界の食料供給量は、人口増加ペースよりも高い水準で増えています。過去40年の人口増加率は189%ですが、穀物の増産率は215%です。26%も上回っているんです。
 その結果、2009年末時点で、世界の穀物在庫は消費量の約20%に当たる4億5000万トンもあります。足りないどころか、むしろ過剰な生産と在庫に苦しんでいるということです。

「日本の食料自給率40%」は大嘘!どうする農水省|食の安全|JBpress

なんて言っていたはずなのに、その一週間後には、
小麦相場が2年ぶり急騰、ロシア穀物禁輸で 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4167

2年前、農産物の急激な価格高騰が一部の発展途上国の路上で食糧暴動を引き起こした。今年も、小麦などの穀物を中心に価格が大幅に上昇してきた。先週はロシアが年末まで穀物輸出禁止措置を課したことを受けて一気に急騰した。食糧危機の再来も、あり得ない話ではないだろう。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4167

うわぁすごいタイミングです。タイミング良いのか悪いのかは皆様の判断にお任せしますけど。どちらにしてもさすがプーチンさんは空気の読み具合がハンパないですよね。

みんながマトモなら食糧危機など起こらない、マトモでありさえすれば

さて置き、前者引用先にあるような「食糧危機などおこるわけがない」というのは、おそらく、正しい。理論的には。
人口増加率と食糧生産の伸びや、あるいは休耕地などの余力を考えたらそうなると理論的に推測するのは正しいんでしょう。食糧危機などおこるわけがないと。多分それは正しい。世界中の皆が合理的に振る舞う、という前提の上であれば。
人びとが食糧危機を案じて合理的に振る舞ってくれさえすれば。
それは単に、穀物を直接消費するよりも間接的に穀物を多く消費してしまう*1畜産・肉類の消費を控えたり、あるいは適当な在庫を蓄えているのに将来の不安感からより多くの在庫を確保しようと走ってしまったり*2、または国内の穀物価格高騰による不満を抑える為に利己的に輸出量を絞ったりしなければ*3。そんな風に私たちが合理的に食糧危機を避けようと考えさえすれば。


で、実際の所皆そうした食糧危機への対策としての合理的な判断をしているのかといえば、まったくない。
私たち日本人だって散々自給率がヤバいとか貧しい国の子供たちが飢えているからといっても、その飼料として大量に穀物を消費してしまう肉食を控える事はない。前者引用先にあるような「過剰な生産と在庫」はつい最近起きた2008年の時の穀物価格高騰の危機の教訓という面は確かにある、あの時に我々は食料価格が高騰すると危険だという事を学んだ。そして今まさにロシアのプーチン首相は主に国内の不満を抑える為に禁輸措置を発表した。
その意味で、私たちの多くはそんな食糧危機を避ける為の合理的な振る舞いのことなど、あまり考えてはいない。それよりも自分たちだけがより豊かであればいいとさえ思っている。穀物生産力を国家のパワーの一つと考えるし、あるいは多少の値上がりはむしろ歓迎されるとも考えている(価格高騰で本当に困るのはそんな金が無い貧困国なのに)。
結局の所、私たちは食糧危機を恐れていると同時に、利用をもしている。


つまり、本当に(文字通りの意味での)「限界」に達してしまうから食糧危機が起こる、というのはあまり正しくない。
そこで実際に悲観されているのは、私たちは各自のその利己的な振る舞いによる「食料の争奪」とその結果としての食糧危機、それこそが懸念されている。
豊かな食生活を維持する為に各個人自らが身を削りたくないと感じたり、充分な在庫があるのに安心感を求めて更に備蓄を積み増そうとしたり、確実に値上がるからと投資の対象にしたり、国家間の摩擦から輸出を制限したり、もっと直接的に脅迫の材料に使ったりさえする。
それはかつて何度かあった石油市場を巡る諸問題にも近い物がある。人びとはそれが石油と同じ、いやむしろ石油よりも古くからある戦略物資である、食料の問題となると、しばしば、利己的に保身的に走ってしまう。それは単純に「今足りる分だけでいい」という合理的判断からはかなり遠い。
私たち日本人だって少し前、結局何の根拠も無かったはずの「石油ショック」の時に無意味にトイレットペーパーを買い占めたことがあったのだから。その意味で外国の彼らを笑うことなどできない。もしそれが「食糧危機ショック」の時に買占めに走らないと断言できるだろうか。


その意味で後者引用先のフィナンシャル・タイムズ社説にある、

 同じくらい重要なのは、国が農産物の輸出を停止する際の規則を設けるために、世界貿易機関WTO)のような機関の下で国際的な制度を確立する必要性があるということだ。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4167

というのはかなり正しいのかもしれない。私たちの利己的な振る舞いに、抑止力の一つとして、ブレーキを掛けるという発想は他の分野でも成功しているわけだし。


食料自給率と食糧危機は単純に理論的な話だけで解決するわけではない。やっぱり国際間のパワーゲームの一つであるんですよね。と私は考えますが、皆様はいかがお考えでしょうか。

参考

『食料争奪』

*1:一般にはその比率は1:7、肉類1kg生産するのに穀物7kgが必要とされる、と言われている

*2:不作時には各国がその貿易量を安定させようとしてより激しく取引価格が乱高下する

*3:といってもロシアの採った、国外より国内を優先するのは当たり前の事である。そしてだからこそ国際穀物市場は国内消費が優先され、あくまでその余った分が輸出される「限界市場」と呼ばれる