ウィキリークスさんの理想の行く末

話題のウィキリークスさんのお話。以前の日記で「ウィキリークスさんがどこへ向かっているのかわからない」と書いたけれども、どこへ行きたいのかは何となく解ってきたけども、しかしやっぱり「そこまでして何故そこへ向かいたいのかわからない」な感じです。


欧米紙が掲載理由を説明、ウィキリークス暴露文書 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
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いやまぁその目的や理念としては理解できない話ではないんですけど、しかしなんというか人間の理性や合理性を信じすぎというか、正しい英知があれば必ず上手く行くと確信しているのか、極端な人だなぁと思います。一般に外交機密の文書はその公開までに間を置く事によって、冷静な、判断ができるようにすることが慣例とされているわけだけど、それに真っ向から対立していますよね。
私たちは本当に今回のような生の情報に接して冷静な判断ができるだろうか? と聞かれて公開されて肯定的な反応の人はきっとそういう気持ちなんだろうなぁと。


で、私は常に民主的手続きによってそれが正しくなされるとは、あんまり思えないんですよね。
かつてヨーゼフ・シュンペーター*1がその著書『資本主義・社会主義・民主主義』の中で語っていたように、

18世紀の古典的な民主主義の理論は人民の意志によって公益を実現しようとしたものであったが、シュンペーターによれば人民の意志の概念や公益の概念は疑わしいものであるだけでなく、大衆化した人民が責任感や判断力が低下する傾向がある。

資本主義・社会主義・民主主義 - Wikipedia

という見方に概ね賛成であるから。
つまり私たち民主主義国家の有権者たちは、しばしば、間違いをおこす。それは衆愚政治ポピュリズムなどという言葉がまさに存在するように、民主主義国家の国民が必ず合理的な選択をするに違いないという憶測は、多くの場合で成り立たないことがある。それなのに、簡単にその過程を広く一般に公開することによって多くの事が正しく判断されるに違いない、という楽観にはかなり懐疑的に見ることしかできない。外交の面では特に、現実と理想の妥協こそが外交の本質であるのに、その妥協のハードルを上げることに無条件で賛成することはできない。勿論その妥協についての比較検討や議論はされるべきであるけれど、だからといってそうしたものを全て無くそうと一気に極端に走るのはまた問題が違うんじゃないのかと。
現代における先進的な民主主義国家のほとんどが、直接民主主義ではなく間接民主主義を選んでるのは、別に悪意とか怠慢とかそういう理由じゃないのに。


そして更に言えば、多くの有権者にとって、外交問題が一番の関心事になることはあまり多くない。皆無とは当然言えないけれど、しかし「外交政策は選挙争点にならない」という言葉はかなりの面で真実を突いているといえる。よく「日本人は日本国内のことにしか興味がない」なんて語られてしまいますけど、別にそんなの日本人に限った話ではないですよね。そんなのアメリカだってヨーロッパ諸国だって中国だって、ほとんど全ての人びとにとっては、そこまでの興味を引く話でもない。おそらく今回のことだって大多数の人びとはすぐ忘れてしまうだろうし。それは単純に怠慢であるというよりは、むしろ多くの人びとにとっては、それよりも直近の日々の生活の方が重要であるから。そうした人びとを怠慢や無能であると単純に断罪する事なんてできない。
そしてこれまでの日記でも何回か書きましたけど*2、そうした有権者の「無関心」は、少数派な特定集団の利益誘導にも結びついてしまうと。


しかしそれでもまぁ実際、今回のウィキリークスさんの事件って、そうした事が公開された議論について「それなりには」訓練されている私たちのような民主主義国家よりも、そうではないより権威主義的な国家の方がより衝撃は大きいですよね。だって彼らには、それなりに訓練されていた私たちと違ってそうしたことに全く免疫がないわけだから。
その意味で、一部で既に語られているように*3、まだ民主主義のない独裁的なアラブ諸国の方がおそらくダメージはでかいんでしょう。その是非はともかくとして、その過程が議論の対象になることは相対的に少なかったわけだから。きっと今回の件を受けて色々と問題が吹き上がってしまうのはおそらくそうした国家たちなんじゃないでしょうか。


といってもまぁその辺の小説よりもよっぽど読んでて面白い話ではありますよね。アメリカの外交政策と外交交渉のぶっちゃけっぷりとか。

*1:オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーター - Wikipedia

*2:民主主義の下での少数派の勝利 - maukitiの日記 傲慢だった罪と、無関心だった私たちの罪 - maukitiの日記

*3:イラン周辺国がイランの核開発を強く懸念して武力攻撃さえ期待しているという話とか