無くなってしまったのは「勇気」ではなく、「理由」です

ベルギーさんちの家庭の事情のお話。


http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110106-OYT1T00198.htm

 【ブリュッセル=工藤武人】ベルギーで、昨年6月の総選挙後、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の各政党による連立交渉が難航し、正式政権が存在しない状態が長期化している。
 5日で正式政権の不在期間は206日となった。2007年の194日間を抜いて過去最長を更新中だ。関係7政党はようやく5日、調停役が作った妥協案への回答を提示するが、政治空白により、欧州を昨年襲った信用不安の波がベルギーにも押し寄せかねないとの懸念が強まっている。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110106-OYT1T00198.htm

ということで200日間、6ヶ月以上正式な政権が成立していないそうですよ。ベルギーすごい。

この話、うちの日記でも以前少し触れていて、
民主主義故に分裂するものたち - maukitiの日記
ちょうどこの上記日記が去年の6月のエコノミストさんの記事による「多分このベルギーの総選挙後の連立交渉はすごい難産となるでしょう」という話だったんだけども、それがまさにドンピシャに予測が当たったというお話でもあるんですよね。今この現状は想定外の驚きでもなんでもなくて、長期間にわたる正式政権の不在状態は予想の範疇であると。そしてまさに去年の6月から200日経った現在、またこうして話題に登ることになったと。


さて置き、彼らベルギーという国家が何でこんなダラダラやっているのかというと、究極的には、別に困らないからなんですよね。
つまり彼らベルギーという国は、一部の人たちが信奉するような「国家権力の縮小」という思想を、世界でもかなり先進的に推し進めてきたわけであります。故に国内向けの多くのその機能はもう既に地方に分散化されているし、また国外向けの外交や安全保障の機能はEUという共同体にアウトソーシングすることをかなり進めてきた。それは「私たちはヨーロッパ市民として誕生する」という理想の下に。だから長期間の国家政府の不在でも何とかなってしまう。
まぁ確かにそれはある種のメリットであると言うことはできます。連邦政府なんて無くても困らない、と。
しかしその反対のデメリットとして何が発生したかというと、現在のより激しく燃え上がってしまった「分離運動」だったと。以前から両者の言語圏による摩擦問題は確かに存在していたんだけども、昔は理想や信念や感情よりも優先すべき合理的な判断がそこにはあったんです。勿論感情だって大事だけども、あまりにも両者が憎みあってしまったらまとまる物もまとまらないし、そして何より国家としての一体性が失われてしまうから。だから彼らは感情を「ある程度までは」脇において妥協を重ねてきた。


で、「国家」の役割を縮小させていった結果、その妥協する理由そのものが無くなってしまうと、こうなると。

 連立交渉が長引く背景には同国ならではの「南北問題」の先鋭化がある。工業化が進んだ北部住民が、農業中心で所得が低い南部住民に税収が配分されることに不満を強め、フラマン系政党は中央から地方への権限と財源の移譲を主張している。北部の分離独立を掲げる同同盟のデウェーバー党首は先月、ワロン系を「補助金中毒」と非難した。

 分裂に危機感を強める国王は先月24日、「今こそ、妥協を図る真の勇気が必要だ」と国民に呼びかけた。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110106-OYT1T00198.htm

無くなってしまったのは「妥協を図る真の勇気」ではなくて、そもそもの「妥協する理由」なんですよね。彼らは国家という仕組みから卒業しようとして、その「妥協する理由」をも失ってしまった。故に「勇気」なんてものを彼らは持ち出さざるを得なくなってしまった。
それはある意味でのナショナリズムに近い概念ではあるんですけど、しかしそうした国家の一体性がその理由を提供してきたのも、また事実なんですよね。時間無制限の延長戦ではない、時間制限有りの判定勝負のように、どこかで妥協しなければならない理由、という形の途中決着を。
今回のベルギーの混乱が悲しくも証明してしまったのは、そんな「妥協する理由」が無くなってしまえば私たちはどこまでも延々と無駄な衝突を繰り返してしまう、ということなんだと思います。私たちは現実に追われるような時間制限が無ければ、幾らでも延々とその形而上の理由で衝突してしまう。そしてそれは形而上であるが故に決着しない。


そう考えると形而下での制約(時間制限とか予算制限とか)ってのは、実はあった方が私たち人間にとって生きやすいのかもしれない、なんて考えたりします。少なくとも「妥協する理由」は提供してくれるのだから。
そしてまぁ大抵のスポーツや格闘技で教えてくれるように、時間無制限の判定決着無しという勝負は、それはもう最終的に両者ボロボロになってしまうんですよね。