『想像の共同体』の核となるもの

もういっそのこと欧州連合改め同君連合にすればいいんじゃないかな。


「エリザベスEU女王」が欧州を救う | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
まぁ即位60周年記念だしこういうネタもいいよね感。

 もちろんこんな提案が、次のEU(欧州連合)首脳会議で話し合われることはないだろう。危機的状況にあるスペインの銀行の救済案にすら合意できないヨーロッパの首脳たちが、同じ君主を戴くことでまとまれるはずはない。ヨーロッパの王に名乗りを上げた最後の人物はナポレオンだが、彼についてはいまも多くの批判がある。さらに、政治家に過剰なほど気をつかうエリザベス女王が、そんなことを主張するとは思えない。

 それでもこれは魅力的なアイデアだ。EUには全体を一つにまとめられる指導者が存在しない。今のところEUが頼りにできるのは、星が連なる欧州旗と官僚たちの交渉の歴史くらいだ。そんなものに、戴冠の儀式を経た国王に対するような愛着を抱くことはできない。

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やっぱりジョークの類とはいえ、でもかなり真実を突いていますよね。
これまでの日記いかにしてユーロ通貨は象徴となったのか - maukitiの日記でも散々書きましたけど、それを期待された候補の一つが『ユーロ通貨』でもあったのでしたが、しかし結果は皆さんご承知の通りご覧の有様です。やっぱり私たちが一つの共同体を維持存続していくためには何かの象徴となるモノが必要なわけで。経済的利害関係やイデオロギーだけでは上手くいっている時はいいけども、「いざ」という時にあっさり瓦解してしまう。それこそかつてのソビエト連邦のように。
だからこそ、理屈を越えた所にある感情に訴えかけるもの、が必要であると。
その候補の一つとして「(立憲)君主」というのはそこまで悪い選択肢ではないのでしょう。その意味では今回の例でいくと、他のヨーロッパ王家の反対云々よりも――ていうか元々あの辺なんてほとんどどこも親戚のようなモノなのなんだし――フランスのような共和国の人たちからの反対の方が強い気がします。何で今更君主なんて掲げなくていけないのか、なんて。
かといってアメリカのように欧州憲法や欧州旗にそんなカリスマ性があるわけでもないし、欧州官僚に至ってはむしろ嫌われているほどですよね。スピネリやモネのような『ヨーロッパの父』も、あちらの『建国の父』に較べると知名度は完全に劣ってしまうわけで。


結局のところ、では欧州連合におけるヨーロッパ市民たちは一体何をもって彼らは自身を「一なるヨーロッパ市民」と自称しているのか? 
別に欧州連合のユメに掛けたエリートたちは良いんです。彼らは好きでやっているんだから。ここで重要なのは、例えばドイツの一地方都市にいるごくフツーの住民を「あなたもギリシャの住民も同じヨーロッパ市民なのだから税金で助けてあげましょうよ」と一体どうやったら説得できるのか、ということなんです。確かに彼らを論理的に説得できるのならば勿論それが一番良いのでしょうけども、しかしそんなこと私たち日本の最近の経験からしても絶対に無理ですよね。故にどうしてもそんな論理を超越した感情に頼らなくてはいけない。
民族とナショナリズム研究の権威たるベネディクト・アンダーソン先生は、こうした『国』のような人工的な政治共同体を「想像された共同体」と定義し、(共通の)歴史的な記憶によってこそ、彼らは同じ共同体の仲間であると認識するようになると述べています。それは過去にあった(あるいはあったとされる)苦難や功績であり、英雄や悪漢であり、敵や戦争、敗北や勝利であると。民族や宗教や文化など、つまり私たちは同じ記憶を持つからこそ同じ仲間であると認識する。日本を含め世界中のどこでも建国神話や戦争の悲劇や勝利が、半ば神話として語られているのはそういう理由なんです。
ちなみに同様に連邦としてスタートしたアメリカなんかは、19世紀まで事実上共通の歴史的な記憶なんて無く、故に南北戦争という内戦が勃発し、しかし皮肉にもそこでようやく一つの共通の記憶(悲劇)を抱く国として出発することができたのでした。


翻って――新たに(国家以上の)人工の政治共同体を生み出そうとしている欧州連合の彼らに、一体どのような歴史的な共通の記憶があるというんでしょうね?
もちろん欧州連合の中の人たちもその辺りの一体感の重要性についてそれなりに理解してはいたんでしょう。だから彼らはああしてまで性急にユーロ通貨を導入したりしていたわけで。しかしやっぱりそれは現在ご覧の有様になっているのでした。もしかしたらここでそんなユーロの危機が、かつての南北戦争と同様に、結果としてヨーロッパにおける共通の記憶を生み出すかもしれません。なんという逆転ホームランでしょう。……あんまり可能性としては高くない気がします。しかもあったらあったで、悲劇的な被害が発生してしまうという展開が。


ということでそれらの全ては概ね失敗したんだから、もう『君主』に頼っちゃえばいいんじゃね、という今回のニューズウィークさんの記事はとても身も蓋もなく素敵な提案でありますよね。まぁ多分に「どうせ無理だけどねプギャー」と皮肉が入っている気がしますけど。
でもそれ以外の選択肢がことごとく失敗している以上、相対的に見てまともな提案になっている点が、現状の欧州連合の悲しさが余計に際立ってしまうんだと思います。こんなギャグのような提案が、しかしそれなりに真実を突いているという点こそが。