過ちは繰り返しますんから

実はそれこそが民主主義の民主主義たる所以だったりするしますけど、まぁどう見てもそれに失敗しているあたり「民主主義は死んだ!」と嘆く人は(違う意味で)正しくはありますよね。


「小沢新党」離脱続々…福田議員「新党は別物」 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
小沢さんの新党がはじまるそうで。もう一体何度目だよというツッコミはまさにその通りであります。あれだけのグダグダさを証明して見せた民主党の皆様と、しかしそれを選んだのは私たち。あの鐘を鳴らしたのは私たち。
とはいえ我らが愛する民主主義において――結果的に――今回のようにアレな選択をしてしまうのは、実のところ必然の結果でもあるんですよね。私たちはほぼ例外なく間違った選択をすることがある。まぁそんなものはこれまでの歴史を見れば一目瞭然ですよね。私たちは幾度となく民主政治というシステムに則って、失敗を犯してきた。


これなら民主政治ではなく、よりもっと独裁的なやり方の方が失敗が少なかったのではないか、というのはまさにその通りでもあるわけで。近代民主主義思想家の代表的な一人であるアレクシ・ド・トクヴィル先生はその特性について次のような身も蓋もないことを仰っています。

「民主政治は王や貴族団よりも誤りに陥る機会を多く持っているが、また一旦悟りが開ければ、真理に立ち戻る機会も多く持っている」

いっぱい間違えるけど、その分修正もききやすいよ、と。逆にその修正能力がないのならば民主主義なんてやるだけまったくムダでもあるのだ、と。


徐々に尻すぼみになっていく壊し屋オザワさんとその新党たち。ということで、ようやく学習できた私たち、とは言えるかもしれません。長期的に見れば私たち有権者は正しい選択をしているのだ。まぁ長期手に見れば私たちは全員死んでもいるわけですけど。