ユメもキボーもないシリア介入の『勝算』

過去の教訓が重すぎる。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37218
昨日の日記で散々「シリア見捨てたった」と書いていたものの、その後ニュースを見たら「おや」という報道が。
米国、シリア反体制派を直接支援へ 専門家は効果を疑問視 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

■関係者に広がる落胆

 しかしケリー長官の発表した支援内容は、米政府が2011年にリビアの反体制派に行ったように防弾ベストなどの防衛用軍用品を提供すると期待していた人々を落胆させている。

「ビスケットとばんそうこうを獲得するのに7か月もかかった」。米政府の対シリア政策の大転換点といわれていた今回の支援発表について、米シンクタンクブルッキングス研究所(Brookings Institution)」の中東研究部門ブルッキングス・ドーハ・センター(Brookings Doha Center)のサルマン・シャイフ(Salman Shaikh)所長はこう評した。そのうえで「この手の支援が、現地情勢に大きな影響を与えることはないだろう」と述べ、今必要とされているのは「シリア内部の軍事バランスを移行する基盤を敷くことだ」と強調した

米国、シリア反体制派を直接支援へ 専門家は効果を疑問視 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

やっぱりそんなことなかった。完。


まぁそうは言っても、あのリビア後とマリの現状を見るとそう簡単に決断することも、黙認はともかく「表立って」やることも難しいですよね。援助するのは簡単だけれども、しかしその後の武器拡散のことを考えると恐ろしい。内戦が終わった後に、人も武器も拡散した結果が、あのマリを中心とした北アフリカの現状だったりするわけだし。
かといって「あの」アフガニスタンイラクの戦後復興の泥沼っぷりを見れば、直接に介入することも出来ない。それこそ前回やったリビアの後始末ですら、まだきちんと終わっていない。そこに更なる重荷を背負う覚悟がヨーロッパの皆さんにあるのかというと、やっぱりそれもないのだろうなぁと。大体彼ら自身にしてもユーロ危機は未だ進行形であるわけだし。もちろんオバマさんも以下略。



ちなみにジョセフ・S・ナイ先生は、しばしば「世界の警察」と「傍観」という両極端へ振れがちな人道的介入をよりバランスさせ「賢明なもの」にする為の指針として、次のような原則をあげています*1

1:関心の程度と介入の程度を明確にする。
2:目的が正当で成功の確率が高いことを確認する。
3:人道的関心を他の関心で補強する。
4:地域の主要国に主導権を握るように求める。
5:民族大虐殺の定義を明確にする。
6:民族自決権をめぐる内戦には慎重に対応する。

この基準から見ても、今回のシリアはかなり危うい橋だろう、という傍観する彼らの結論は実際そこまで間違っていないように見えるよなぁと。
欧も米も国内問題が大騒動で市民の関心はそこまで高くないし、成功率も反体制側の内部軋轢と戦後のことを考えると頭が痛いし、中露の反対もあって人道的介入以外の名分を立てるのも難しいし、地域の主要国は宗派対立が絡んでしまっていてほぼ無理だし、大虐殺は(もちろん政府側の方が相対的に悪質だとしても)現状では最早両サイドがその手前にいるし、そして見事に自決権=分離独立という所にまで足を踏み入れつつある。


かくして正しく「何もしない」ことが最適解と考えてしまう人びと。
更には独善的に考えるだけではなく、上記ナイ先生の指針が教えてくれても居るように――人道的観点を無視すれば――それはあながち間違っていないとも言えてしまう。少なくとも「直接的に」「短期的に」欧米諸国の国益が損なわれることもない。下手に手を出して、あの悪夢のような戦後復興の重荷を背負うことを考えればそれはかなりマシな選択肢なのではないか、と。
そして悪い冗談かのように、国際社会の衆人環視の中で悲惨な内戦を続ける人びと。関心がまったくないわけでもないのに、しかしただただ傍観されている。
いやーユメもキボーもありませんよね。


がんばれシリア。

*1:アメリカへの警告』P244~