『国際社会』という概念が存在しない野放図な世界

最低限の規範を担保していた威信が消え去った後にあらわれるもの。



【AFP記者コラム】シリア反体制派の裏切りと人質売買 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News
ほんともうシリアはどうしようもないというのがよく解るお話。
ただまぁ悲しいことにこうしたこの世の地獄が顕現すること自体が珍しい事態なのかというと、やっぱりそんなことないわけですよ。ソマリア然り、リベリア然り、正直にっちもさっちもいかなくなり「お互いに疲れ果てるまで殺し合いを続けさせて疲弊させよう」と放棄する構図は結構あったわけで。ぶっちゃけシリアもそうなっている、というのは概ね間違いないでしょう。イエメンはどうにかこうにか初期対応(物理)で抑え込めそうなものの、リビアなんかはほぼ片足を突っ込んでいる。

 フランス中東研究所(French Institute for the Middle East)のイスラム専門家、ロマン・カイエ(Romain Caillet)氏にとって、こうした状況は驚きではない。「ISやヌスラ戦線の地下牢は、本来ならFSAの保護下にあるはずの人々でいっぱいだ。FSAには体系がなく、統一された指揮系統も一貫した戦略もない」と話す。反体制派組織の境界は曖昧になっており、FSAは「政権側と過激派側、すべての方向から潜入されている」という。カイエ氏は、シリアへの渡航者が、いわゆる穏健派といわれる反体制派に関する情報をもっと持っていれば、多くの誘拐は避けられるはずだと考えている。「誰もこんなことは聞きたくないかもしれないが、我々が想像するような穏健派など存在しないのだ」

 シリア内戦が複雑化する中、欧米人の人質は魅惑的な「市場価値」を持っている。カイエ氏は現地で出会ったフランス人のイスラム過激派が口にした、FSA戦闘員の印象を引用した。「彼らはマルボロ一箱のために母親さえ売るだろう。人質が欧米人であればどうなるかは、想像できるだろう」

【AFP記者コラム】シリア反体制派の裏切りと人質売買 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

いやぁザ・無法地帯という感じですよね。21世紀の現代世界において、善意ある(はずの)国際社会から見事に見捨てられた結果として生まれた、無法地帯。結局、国連や周辺国など誰も反体制派全体の手綱を握ろうとしなかったために、彼らは必然の結果として融解している。
その融解が意味するのは単に組織というだけでなく、支配圏と被支配圏、戦闘地域と非戦闘地域という意味でも同じで、だからこそ今のシリア内戦での400万を超えるとされる難民の多さや民間人死者が突出しているんですよね(内戦死者24万の内半数近くと言われる*1
「FSAが腐敗し裏切った」というのは概ね事実ではあるんでしょうけど、そもそも(問題が多いからと)支援せずに彼らを見捨てたせいでこの世紀末な現状を招いているのは正直自業自得感だよねぇと。



なぜ彼らは炎上(爆破)芸に走るの? - maukitiの日記
ともあれ、この辺は以前も書いたお話ではあるんですが、特に冷戦時代までこうした光景があまり見られなかったのは、それぞれの武装勢力がそれなりに、少なくとも建前上は周囲からの=国際社会からの評判を多少なりとも気にしていた面があったからなわけですよ。多くのゲリラや武装勢力はバックに西にしろ東にしろ大国からの支援を受けることが多く、故にそこでは正当性を担保するための最低限の人道主義や、あるいは自身のメッセージを世界へ伝える為にジャーナリストなんかの地位がそれなりに保証されてもいた。
しかし、冷戦が終わるとそうした支援を受けない分派勢力が乱立するようになり、ついでに現代でインターネットで手軽に自身の声明を発表できるようになると、最早最低限の原則すら守る必要がなくなってしまっている。あれだけの惨禍に見舞われているシリアでの人道支援がかなり難しくなっているのも、こういう理由が大きいわけで。停戦合意の意義はひたすら軽いし、挙句それすら略奪の対象でしかない。


支援してもくれなければ、かといって何かしら現実的な制裁を加えるわけでもないし、そして彼らが握っていた情報発信手段の独占も崩れた。となれば残る価値はせいぜい人質するくらいしかないじゃないか、なんて。
そう考えると今の反体制派の状況って、裏切りとかなんでもなく、ただひたすら合理的なだけだよねぇと。


最早彼らにとって『国際社会』の目なんてものはクソにもならない無価値となりつつある。まぁ私たち日本人もあれだけ「アイアムケンジ」とか言っておいて、もう完全に忘れているあたり全然人のこと言えないんですけど。
――ケンジはどこに消えたのか?
でもまぁ戦争反対だからしょうがないね。シリアなんかには関わるなという「平和」の声が溢れる日本において、あれだけ居たはずのケンジはもう居なくなってしまった。しかし、喜ぶべきか悲しむべきか、私たち日本だけが特別に無関心というわけでは絶対にない。


かくして国際社会という概念が存在しない野放図な世界が、シリアに顕現した。「Kill Them All」どころか「Kidnap Them All」なひとたち。
みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:ただこの死者統計も恣意的分類がされているのではないかという面白い指摘もあったりするシリア人権監視団発表の死者数統計に潜む政治的偏向 / 青山弘之・浜中新吾 | SYNODOS -シノドス-