CEOの高額報酬問題の果てにある、現代資本主義の未来について

国際的な経営者市場の基本構造がもたらすもの。


CEOが巨額の報酬を得ている企業ほど実際の業績は悪化しているという現状が明らかに - GIGAZINE
「CEOの給料が高ければ高いほど成果が出ない」だそうで。うーん、それはその通りかもしれませんけど、ただそれが期待通りの効果=CEOの高額報酬の是正につながるのかというと、あまりよく解らないお話かなぁと。そこにはもちろんこれは失敗の教訓と見ることはできるでしょうけど、逆に成功体験だって大きいわけで。その比較――有能な経営者を高額報酬で招聘することの勝算――を見たとき、一体株主たちどう考えるのか。

一般的にアメリカでは巨大企業のトップが巨額の役員報酬を得ていて、平均的な従業員との収入格差が数百倍にもなっているというケースは珍しいことではありません。「多くの利益を上げたことへの見返り」と捉えられてきた巨額の報酬ですが、ユタ大学の研究チームが詳細な研究を進めたところ、実際には企業のCEOが得ている報酬が多いほど企業としてのパフォーマンスは低くなっているという傾向が明らかになっています。

CEOが巨額の報酬を得ている企業ほど実際の業績は悪化しているという現状が明らかに - GIGAZINE

所謂『回帰効果』というものもありますし、そもそも問題なのは高額報酬を受け取るCEOのせいで企業パフォーマンスが低下しているのか、あるいは企業としてのパフォーマンスが下がっているから高額な報酬でCEOを呼んだのか、因果関係についてぶっちゃけよく解らないという点だよなぁと。
当たり前ですけど落ち目の企業ほど一発逆転で著名なCEOを呼ぼうとするのは理解できるし、ついでにそんな悪条件の企業に来てくれる人を呼ぶには高額の報酬を用意するしかないのは当たり前の話ですよね。もちろん高額報酬を「最後に」貰い逃げするつもりの人だって居るでしょうけど、普通は自身の経営者としてのキャリアを台無しにしかねない失敗を犯すのは誰だって避けたいわけで。


そもそも、ここでは言及されていませんけど、一般にCEOの在職期間というのも年々ずっと下がり続けているわけで。最近の調査は浅学ながら解りませんが、2005年時点で既に「過去十年間に業績不振を理由にCEOをクビにするケースは4倍に増えた*1」と言うお話も言われていたりするんですよね。一般に景気が悪い=株式市場が停滞するほど、株主の怒りを買うことになるので、現在その在職期間が大幅に伸びたということもやっぱり考えにくいでしょうし。
(もちろんまったく同情できませんけど)業績不振に陥ればあっさり首を切られるのも現代のCEOなんですよ。株主たちはひたすらに自身の株の価値を上げてくれる経営者が来てくれることを、真剣に、死ぬ気で、切望している。
その高額報酬は伊達じゃない。それは期待値の高さの証明であり、ぶっちゃけ大株主にとってその高額報酬は払うに惜しくはないと少なくとも彼らは確信している。
彼ら株主はそこにカネが掛かっているからそれはもう必死なのです。故にCEOたちは株価向上の猛烈なプレッシャーの下にあり、現代営利企業のCEOというのはそうした「株主から」望まれてそこにいる。この点をきちんと認識しておくのは重要だと思います。
そしてもう一つ大前提の認識として――こちらもそれが正しいのか間違っているのかはともかくとして――株主たちは従業員の給料を上げるよりも、有能経営者を高額報酬で呼び寄せて徹底的に競争力強化(そこには当然手っとり早いリストラも含まれる)し株価を上げてくれることを望んでいるのです。
でもそんな「ニュートロン・ジャック*2」のような有能な経営者なんてそんなに沢山いるわけない。だからといって手を拱いて何もしないでいいのか、というと株主たちはそんな簡単にあきらめないわけです。多額のカネが掛かっているから彼らだって必死です。やらないで後悔するよりやって後悔すればいいじゃないか。
こうして確率は低くてもとにかく有能と「評判のいい」経営者を引っ張ってこようとするし、当然のごとくハズレを引きまくる。


かくしてCEOたちのあの何億円というオーダーの高額報酬が生まれ、その従業員との賃金格差がバカげたことになっているのです。
ゴーン氏報酬「国際基準で」…9億9500万円 : 経済 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
先日も、日本は「経営者の国際市場」を見習うべきだとゴーンさんが言っていましたけど、世界を見るとおおむねそうなっているんですよね。その市場で生きるゴーンさんが日本もそうあれと望むのは、ポジショントークとしてこれ以上ないほど解りやすいお話ですけど。
――ちなみに、日産CEOであるゴーンさんの成功戦略も、そんな工場閉鎖と数千人の労働者解雇による営業利益の回復でありますから。
――もう一つちなみに、自民党の麻生さんなんかが提唱する「(二億辺りでの)高額納税者の税金頭打ち論」って税金面でこうした有能な人材をより多く日本に増やす狙いの一つでもあるんですよね。相対的に日本が給与面で優位性を持てるから。元々極めて少数である超高額納税者を減税しても総体としては税収面では大きな影響はないわけで。まぁもちろん大多数の一般の人々の不満の大きさを考えれば、民主主義政治としては全然良い政策ではないんですけど。



話を戻して。つまり、しばしば非難される「天下り」のような構図とはまったく逆の世界がそこにはあるわけで。それは人気スポーツ選手や有名監督の争奪戦であり、数字のとれる映画スターの奪い合いに近い、ひたすら身も蓋もない(わずかな才能と幸運の差が命運をわける)売り手市場でもある。
――例えば一部のスター野球選手もまた途方もない給料を貰っていますけども、じゃあ年棒10億の野球選手が年棒1億の選手の10人分働いているのかというと、そんなことありませんよね?
せいぜい打率が1割高いだけ、あるいは勝利数が二倍か三倍多いだけ。でもそのわずかな差こそが、埋めがたい才能の差であり、人気の差であり、つまり途方もない報酬の数字の差として顕現する。


根本的に現代のCEO市場というのは、そうしたスーパースターを巡る争いと同じなんですよ。だから私たちがしばしば目にするように、高額年棒でスター選手を呼んだものの金をドブに捨てた結果しか遺さなかったり、あるいは大女優や俳優を使ったものの興行的にはクソのような映画しかできなかったりもする。
そんな失敗の上で、次からそうした戦略を完全に諦めるのかと言うと、やっぱりそれもない。


だから今回の件が株主たちに高額報酬での有名CEO雇用を見直させる契機になるのかというと、やっぱりそれはありそうにないよなぁと思うんですよね。むしろ、より強くもっと「良い」経営者を選ぼうと決意させる方向に行くんじゃないかと思います。
そしてそれは必然的に、競争の激化を招き高額報酬のスパイラルが続くことを意味する。

折しもアメリカでは、ウォール街を占拠(オキュパイ)して抗議行動をおこす「オキュパイ運動」が2012年をピークに広がりを見せ、格差の現状に対して反対の声を挙げる動きが見られますが、今回明らかにされた内容は、そんな声がさらに加速されざるを得ないものとなっているといえそうです。

CEOが巨額の報酬を得ている企業ほど実際の業績は悪化しているという現状が明らかに - GIGAZINE

景気悪化の極致だったあの時にこうした運動が盛り上がったのも、こうした構図を考えれば理解できますよね。経営が悪化したから従業員はクビを切られ、逆にだからこそその危機を脱しようとより良い経営者を招聘する為に高額報酬を用意する。まぁ確かに合理的と言うことはできるかもしれない。
この基本的なお話を考えると、この調査結果でどれだけ現実の経営者市場が変化するのかというと、やっぱりあまり期待できないよなぁと個人的には思います。それって結局、上記おきゅぱい運動のような労働者たちの更なる怒りが続くことを意味してもいるんですけど。


まず株主たちが株価を上げることを望む故に、高額報酬で良い経営者を探し求める。この辺の基本的な構図を理解した上で、じゃあ一体どうすればいいのかと聞かれると、個人的にはやっぱり困ってしまうんですよね。株主でなく従業員こそがその企業の持ち主であるとルールをひっくり返せば解決するかもしれない。あるいは資金を『株式市場』に頼らずに非公開にすれば解決するかもしれない。でも現在の企業経営の潮流があるように、それらをやるのだって茨の道です。
こうした考えはどれも、現代の資本主義ルールの根幹からひっくり返すことにも繋がるんですよね。でも実際それを望んでいる人は少なくなさそうですけど。
CEOの高額報酬問題の果てにある、現代資本主義の未来について。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:『暴走する資本主義』P102

*2:世界で最も成功した経営者であるジェック・ウェルチのあだ名。ニュートロン=中性子爆弾は物理的破壊を伴わず「人間だけ」殺す。