なぜか経済問題だと多国間主義を忘れて『国益』を叫ぶ私たち

あまりにも重要すぎるから仕方ないよね。そしてその事が逆説的にルールの必要性を証明する。


オバマ氏「中国に世界経済ルールを書かせない」 TPP:朝日新聞デジタル
そういえば紆余曲折あったTPPがようやく合意したそうで。まぁ貿易協定というのは別に日本に限らず――それこそ国内的な反TPP運動という意味では日本よりアメリカの方が反発が強いくらい――ほとんどどこでもメリットよりもデメリットの方が「目立つ」モノであり、だからこそほとんどどこでも喧々諤々な政治議論となってしまうので、殊更に今回だけが例外で特別というわけでもなく、どこの国でも毎度見られる日常風景ではあります。
以下、TPPについての是非云々というよりは、多国間協定批判に『国益』を持ち出すことの是非、ということについての適当なお話。


時事ドットコム:民・共「国益損なう」=TPP合意、維新は評価
国益を損ねる」というのは、確かに今回のTPPについて概ね正しいと言うことはできるかなぁと同意できるんですよね。
――より正確に言えば、TPPは国益を損ねる(面がある)、という意味で。
オバマさんなんかが自画自賛しているように、現代世界においてこうした貿易協定が意味するのはまぁ文字通り経済関係における「ルール作り」という意味でもあるわけですよ。相手と自分とで(拘束力のある)ルールを一緒に運用しよう、とお互いに同意する。故に国益に反していない部分がないはずなく、それを考慮した上で議会で議論すべきではあります。


だから「これまでやってきたように自分が好き勝手に出来なくなる」という意味で、国益が損なわれる、という言い方は正しい。でもそんな風に誰もが好き勝手をやっていたら、お互いに軋轢が生まれるのは避けられない結末でしょう。
それこそ愉快な皮肉として現代世界の自由貿易信仰の祖にあるのは、『スムート・ホーリー*1』である、というネタがあるくらいです。
そうした軋轢の極北が大恐慌ショックからの報復関税合戦による国際貿易の世界的縮小であり、ブロック経済化であり第二次大戦への序曲だったわけで。現代世界における自由貿易協定の大本営であるGATTを前身とするWTOはこの反省から生まれている。自由貿易は確かに素晴らしいが、お互いに何のルールもなく運用すれば、いざという時に各国が国益追及の名の下に暴走し、致命的な結果をもたらしかねない。
現代でも「経済関係が平和を担保する」というノーマン・エンジェルさん的主張は根強く、個人的にも少なくとも平和担保の一要因である位は思っていますが、しかしそうした経済の相互依存を維持存続していくのだってやっぱりお互いに了解されたルールが必要なわけですよ。


WTO事務局長「加盟国の励みに」 TPP合意歓迎  :日本経済新聞
現代の国際社会における経済協定って国連なんかと同じレベルで、国際社会の安定と協調の象徴であり、根幹でもある。
まぁそうした国際主義というのは経済問題に限らず軍事問題や環境問題など、国境を越える形で起きる諸問題の対応なんかでも同様に見られる、人類の英知ではありますよね。だからこそ子ブッシュさんのアメリカの国益第一主義な単独行動なんかはああして非難されたのだし。
賢い私たちはただ一国の自己利益だけを追求するだけでは、致命的なグローバルな危機を引き起こしかねないということを身を以って知っている。だからこそ現代の国際社会において最も重要視されるのは、お互い同意できるルール作りでもある。

 環太平洋連携協定(TPP)交渉の大筋合意を受け、民主党は5日、合意内容について「国益に即しているとは評価できない」と批判する細野豪志政調会長名の談話を発表した。政府から交渉結果を聴取するため、衆参両院予算委員会で閉会中審査を行うことも要求した。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2015100500837

それなのに、こうしてあけすけに『国益』を理由に多国間主義や国際協調主義を否定するというのは――もちろん世界中でネトウヨな人たちみたいに国益第一主義に主張する人たちが居ないわけではないものの――ぶっちゃけ筋が悪いんじゃないかと。
最初にも書いたように、やっぱりTPPで不利益を被る人たちは確実に存在するわけで。自由化と共通のルール制定によって不利益を被る国内業者は絶対に存在する。だからそうした層の擁護を普通に訴えることでTPPを否定すればいいのに、今回のTPP議論でも見られましたけどなぜか国益を持ち出して批判する人が少なくないんですよねぇ。
それこそ『国益』を理由に協定を拒否しようというのならば、今の中東難民受け入れについて問題や、京都議定書なんかの環境保護目標、あるいは『国益』を理由に沖縄米軍基地協定を肯定する論調と一体どう整合性をつけるつもりなのか。民主党なんて特に基地問題でその整合性に苦労したのにね。


経済問題では『国益』を追求するのは許されて、他の分野では許されないと考えているのか。
でも、近代以降の歴史を見る限り、多くの場合で経済問題こそ、人びとにとってあまりにも重要すぎる故に国家の激烈な反応を呼び起こしてきた。上記野党な人たちに限ったお話ではありませんが、そこで『国益』を持ち出してしまったらそれこそ別の分野の国際関係の問題でも、あけすけに「国益に叶わないので協定は拒否する」と言う主張を肯定してしまうことになりかねない。
もちろん本音はともかくとして、しかし公的にそれを言うのは他の問題を考えた場合に一貫性を保てなくなってしまうでしょう。
実際、そのように正直に「国益の為に拒否する」と発言したハンガリーは、一部から喝采される一方で、別の層=特にリベラルな人たちからはそれはもう大反発されているわけで。まぁハンガリー首相を喝采したような層からも支持されたいと細野さんが考えているなら、確かにそれはそれで一つの戦略ではあると思いますけど。それって民主党の他の人たちが訴える、他の面での国際関係のテーマで多国間主義を訴えることとの整合性は一体どうするのかなぁ、と他人事ながら心配になります。他に批判する場所はあるでしょうに。


軍事環境人権問題なんかではそうした議論を否定するくせに、経済問題に限っては自らの事情のみを勘案した『国益』をあけすけに語ってもセーフだと考える人たちについて。もちろん上記細野さんなんかに限ったお話でもないので、その辺の緩さは一体どこからきているのかなぁと少し不思議になるお話。まぁやっぱり経済問題がそれだけクリティカルだということの証明でもあるのでしょうけど。
多国間協定なんて基本的には必ず『国益』が損なわれてしまうものなのにね。自身の振る舞いに自発的に制限を課す=ルールに従うってそういうことでしょう。だからこそ超大国たるアメリカは、どのような協定であろうと基本的に嫌がるのだし。
――そんなアメリカと同様に、経済問題はあまりにも重要すぎてしまうために、私たちも何としてでも国益を死守しようとする。


「我々の国益こそが重要であり、一国主義でいいのだ!」なんて。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:まずアメリカがこの法でバカげた率の関税障壁を設けたために、世界各国を巻き込む形で報復合戦を招いた。これこそが大恐慌の引き金、あるいは更なる重症化の主因と言われてたりする。スムート・ホーリー法 - Wikipedia