人類は『合成の誤謬』を乗り越えられるのか問題ふたたび

「(世界全体にとっては少数派である)先進国中間層であるお前たちが苦しめば残りの世界全体は救われるのだ」と言われて怒る人たちを偏狭と呼ぶべきなのか問題。


メキシコ各地で大規模デモ トランプ米大統領の移民政策に抗議 - BBCニュース
うーん、まぁ、そうね。

デモはメキシコ国内の十数都市で開かれた。白い服装のデモ参加者らは、メキシコ国旗やトランプ氏に抗議するプラカードを掲げて行進した。
デモの主催者らは、トランプ氏の政策に反対する点でメキシコ国民が団結しているのを示したかったと述べた。

メキシコ各地で大規模デモ トランプ米大統領の移民政策に抗議 - BBCニュース

まぁ基本的には上記メキシコの人たちや、あるいは現在入国拒否で騒動中の新『ならず者国家』群の人たちが怒るのは理解できますよね。これまで問題なかったのに急に拒否しようとするなんてフェアではない、と。もちろんそこには(宗教を理由にした点等)単純な倫理面の問題だけでなく、より即物的な大正義でもある「アメリカへ移民することで稼げたはずなのに」というポジショントークも少なからずあったりもするんですけど。
どちらにしても彼らの怒りは彼らの都合という面からすれば正当と言っていい。では、逆にアメリカ側にトランプさんのような政策(反移民や反自由貿易)を支持した有権者たちの怒りについては?


実際、上記のような移民たちを先進国たちが受け入れることで、人類世界全体にとってのリベラルの人たちが目指す『善行』となってきた面は確かにあるわけですよ。だってそうした欧米先進国の関税を無くす自由貿易と寛容な移民受け入れによって、富める国の更なる成長だけでなく、貧しい国の生活水準は人類史上最も良いものになっているわけだから。すばらしき経済学の基礎理論。リカードを称えよ。
――故にそれを捨てるなんてとんでもない!
まぁそうかもしれない。でも悲しいかな、そうした先進国の『善行』には光だけでなく影、正の面だけでなく負の側面もあるわけで。そこをきちんと説明しないのもフェアではないよね。つまり、貿易と移民のひたすらの自由化が生み出すのは先進国と途上国の間の「世界格差縮小」だけでなく、同時に「国内格差増大」に行き着くことになる。それを利用して経済成長を続けてきた中国やインドなんかを見ても解るように、急激に経済成長を遂げた彼らは、その副作用として当然国内格差はそれはもうヤバいことになっている。
そして今私たちが直面しているように、受け入れた側の先進国内部でも同じようなことが当然起きている。


メキシコ移民によってアメリカとの国家間格差は縮まるが、アメリカ国内における格差は増大する。自由貿易と移民受け入れによって同時に生まれる「縮まる国家間格差」と「広がる国内格差」という愉快なパラドックス


良い面を見ればいいのか、それとも悪い面を見ればいいのか。おそらく、功利主義的に全体の幸福量を見れば「世界全体の底上げ(格差縮小)」という方に軍配が上がるのは間違いないでしょう。だって中国やインドそして先進国内部で進むミクロな「国内格差拡大」があっても尚、21世紀の世界経済全体としては成長しているのだし。誰かが損した以上に誰かが得をしている。この世はゼロサムゲームじゃないんだ。北朝鮮のようなはぐれ国家を除けば、戦争内戦のない途上国は非常にゆっくりながらも成長している。
世界人口の半分36億人分の総資産と同額の富、8人の富豪に集中 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
もちろん自由貿易と移民促進によって富裕層は死ぬほど豊かになっている。しかし貧しい人たちだってその恩恵を受け(過去と比べてずっと)死ななくて済む程度には豊かになっている。上記のようなニュースを議論するときに考えなくてはいけないのは、別に貧しい人たちを食い物にしてスーパー富裕層たちが生まれたわけでは絶対にないという点でしょう。というかそもそもゼロに近い貧しい人たちから搾取したってたかが知れてるよね。
むしろ彼らがあそこまでお金持ちになったのは――ぶっちゃければ食い物にされているのは、その間に居る(特に先進国内部の)中間層たちのおかげでしかない。そしてそれは自由貿易や移民促進といった「自由化」のおかげで実現した。


国内というミクロの世界では広がり続けるものの、しかしマクロな国家間という総量としては縮んでいる。少なくとも先進国の中間層「以外」の人たちにとって確実に福音となっているこの21世紀のグローバル化の進んだ現代世界。
――だからこのまま突き進むべきなのか?
合成の誤謬』と言ってしまっては身も蓋もありませんが、しかしそんな大義名分だけで実際に追いつめられている当事者たち、先進国の中間層が途上国の中間層と同じラインに収束していくことを、そのまま納得させられるかというとまぁそんなこと絶対にありませんよね。そりゃトランプさんが登場する土壌も生まれちゃいますわ。先進国のほとんどどこでも聞こえるようになってきた声たち。
保護主義こそ、移民拒否こそ、我らが利益になるはずだ!」なんて。
あれ? これって100年前にも見た光景? でもリーマン直後の時よりもずっと前夜感あるよね。


自由化とグローバル化世界の光と影。「光」の部分がほんとうにスーパー富裕層への恩恵だけだったら物語は簡単だったんですよ。わるものたちをやっつけてしまえばめでたしめでたし。しかし上記メキシコ国境でデモするような人たちも同様に、あるいはそれ以上に、その「光」の面から恩恵を受けている。一方で、「影」の部分を一身に背負う先進国の中間層たち。


彼らの怒りは理不尽なのか、それとも……。
みなさんはいかがお考えでしょうか?