ヨーロッパに一つのだけの花を咲かせようとする人たち

まぁ周りの人たちは、その一生懸命に咲かせようとしている花にドン引きしているんですけど。



新型ウイルス、世界は「警戒が必要」とWHO 死者170人に - BBCニュース
ということでイギリスのブリグジット騒動が、ついに、ようやく、大盛り上がり()なクライマックスの果てに終演したそうで。
あの意味の解らない(未だに解らない)国民投票から、ずいぶん遠くまできたものだ。
当日記でもこれまでいっぱい日記ネタにしてきただけあって感慨深くあります。

欧州議会は29日、イギリスの欧州連合EU)離脱協定案を可決した。

これに先立ち、イギリスのEU離脱ブレグジット)運動を長年推進してきたナイジェル・ファラージブレグジット党党首は欧州議会で「これが最後です」と別れの演説をした。他の党員と共にイギリス国旗を振ったため、議事進行を采配していた副議長に規則違反だとマイクの音声を切られる幕切れとなった。

ファラージ党首は、離脱を決めた国民投票の結果を実現することでイギリスは、「いじめて屈服させるには大きすぎる」国だと自ら証明して見せたのだと強調した。

新型ウイルス、世界は「警戒が必要」とWHO 死者170人に - BBCニュース

見事な捨て台詞。これって私たちが散々フィクション、そして更にその斜め上を行く史実で散々見てきたブリカスしぐさだ!
いやあ、端から見ている分にはほんと面白い見世物だったよねえ。


ともあれ、以前から明白な天命のように反EUを叫び続けてきたファラージさんの愉快な演説の内容が、イギリスにおいてマジで離脱派が勝利してしまった構図の全てだと言うつもりはありませんけども、しかし少なくとも彼のような人たちが離脱に掛けた思いの一部を端的に現わしてその通りだとも思うんですよね。
「これでようやく『対等』*1な相手として我々はヨーロッパと向き合うのだ!」なんて。




世界に冠たる大英帝国の後継として、イギリスは他国から尊重されるべきだと考える人たち。
我が国の歴史と文化は、世界においてとくべつなのだ!
まぁそれ自体は別にイギリスに限らず、私たち日本にもアメリカにも中国にも韓国にも、どこの国にもいる一部の人たちから見られるよくあるお気持ちではありますよね。そして、それを元に周辺国や国際社会にその『承認』『尊重』を求める声としても。


ところがイギリスは、欧州連合と関わることでよりそのジレンマを深めることになってしまった。
戦争を起こさない為にと、欧州連合はその誕生以来ずっと各国のナショナルアイデンティティを弱めようと不断の努力をしてきたわけでしょう。
むしろそれこそが存在意義の一つとも言っていい。
我々は生まれた国の国民ではなく、ヨーロッパの市民である。
――故に我々はもう二度と争うことはないのだ。
そうやって生まれたポストナショナルなヨーロッパ意識というモノはエリートや若者たちを中心に確かに「それなりに」成功しているものの、かといってそれが完全にヨーロッパに普及したかと言うとまぁそんな事絶対に言えないわけですよ。
かくしてそこでは、我々独自の文化や歴史そして生き方を尊重すべきだ、とカウンターの声が各地で挙がることになる。
イギリスでは尚更。


皮肉にもファラージさんのあの演説って、そんなこじらせた承認欲求が顕わになってしまっていると個人的には思うんですよね。
――ただそれが、無視できるような少数派ではない、ということが証明されていることも確かなんですけど。

自尊心は承認を求める。いくら自分の価値を自分で感じていても、他者が公にその価値を認めなかったり、ときには侮辱してきたり、こちらの存在を無視したりすれば、承認への欲求は満たされない。自尊心は他者から尊敬されることで生まれるものだからである。
人間は自ずと承認を求めるので、現代の意味でのアイデンティティはたちまち「アイデンティティの政治」に発展する。
そこでは個人が自分の価値を公に承認されることを要求する。*2

っぱフクヤマなんだよなあ!





参加者を等しく「EU加盟国」と扱うことこそ至上命題に置くEUにイギリスがガマンできなかったのは、後知恵として見れば自明のオチではありますよね。
やっぱりそれが国民投票でまさか勝ってしまうとまでは思いませんでしたけど。


離脱派の戦略が狡猾・幸運だったのは、このイギリスが欧州連合に内心抱いていた「承認されない」ことの不満を、そのままイギリス国内での「都市部から無視されている郊外の中流下流市民たちの不満」として転化させ疑似的に同じ構図に持ち込んだことでしょう。
外国人労働問題や漁業農業の規制問題など、確かにそれはまったく無関係というでもなかったわけだし。


大きな世界主義と大衆主義の戦いを、小さなイギリス国内でも再現し、そしてまさかの勝利をも掴んでみせた人たち。
かくして彼らは欧州議会の中心で――ちなみにこれが「欧州連合の中心で」という意味には必ずしもならないのが現状の欧州連合が民主主義の赤字として抱える問題の一つでもある―――で「ヨーロッパの有象無象な一部なんかにはなりたくなーい!」と叫ぶ。



神よ女王を守り給え。

*1:もちろんイギリス自身が考える定義における

*2:フランシス・フクヤマ『IDENTITY』第一章「人間は自ずと承認を求める」