日本のジャーナリズムが抱える問題の核心

「悪い見本」の典型例。


朝日新聞社記事、誤った経緯説明します:朝日新聞デジタル
ハンセン病家族訴訟 記事を誤った経緯を説明します:朝日新聞デジタル
うーん、まぁ、そうねえ。それこそ本当に安倍さんが選挙を控えることで豹変したというのならば、まさにそれこそ民主主義政治の常道ではあるし素晴らしい変心だとは思うんですが、このおわびを出したことで明らかになった事実ってそこじゃないよね。
更に言うと、それに比べたらこうして誤報をしたことですらここでは大して問題じゃない。こうしてきちんと「おわび」している辺り誠実ですらある。
割と普段からマスメディア誤報を皮肉と揶揄を込めて『フェイクニュース』と呼ぶ僕ではありますが、こういうのを見てしまうとそもそも彼ら彼女らはそういう問題ですらなく、ジャーナリズムの定義・評価について大前提から私たちと違っていたんだなあという生暖かい気持ちにはなります。
「コトバのチカラ」が何を意味するのかという大前提すら違っていたんだなあ――やっぱりとか今更とかそういう身も蓋もないこと言わない。

 8日、「ハンセン病関連で首相が9日に対応策を表明する」という情報とともに、控訴はするものの、経済支援を検討しているとの情報を得ました。さらに8日夕、首相の意向を知りうる政権幹部に取材した結果、政府が控訴する方針は変わらないと判断しました。このため朝日新聞は1面トップに「ハンセン病家族訴訟、控訴へ」との記事を掲載することを決めました。

ハンセン病家族訴訟 記事を誤った経緯を説明します:朝日新聞デジタル

ほんとうに見事に典型的なアクセスジャーナリズム。
専門的知識や振る舞いを求められるジャーナリズムという議論において、まず「悪い見本」あるはずのでそれをこうして堂々とそれを公言してしまっている朝日新聞


この辺のお話については日本語でも読める記事がいくつかあって、

先ほど佐々木さんがおっしゃったように、情報をやりとりをしてリークしてもらってくるわけですから、事件報道と同じ構造ですね。

 アメリカでは「アクセスジャーナリズム」といわれて、悪いジャーナリズムの見本とされています。権力にアクセスする、つまり権力に食い込むことにばかり熱心になった結果、記者がインナーサークルに入ってしまうわけです。アクセスを得て情報をリークしてもらう見返りに、権力に都合の悪いことは書かないのです。最近ではウォーターゲート事件をスクープしたボブ・ウッドサードも「アクセスジャーナリズムへ堕落した」と批判されています。

佐々木俊尚×牧野洋「『当事者の時代』とジャーナリズム」対談 第2回「メディア経営が厳しい時代だからこそ、新聞記者を専門家として育てる仕組みが必要」(佐々木 俊尚) | 現代ビジネス | 講談社(1/7)

今回はその情報提供がたまたま上手くいかなかっただけ、と擁護するだけではやっぱりとどまらないよねえ。
まさにそうしたやり方こそ、政権べったりのマスコミ、という批判に一定の説得力を与えてしまっているのに。


特ダネをリークしてもらうために日頃から『忖度』する必要があるし、(そこに意図があったかどうかはともかくとして)こうしてニセの情報を掴まされることで風説の流布に加担してしまうことだってある。
故にアクセスジャーナリズムは二重の意味で危険である。
そんなこと専門家ではなく僕のような素人だって知っているはずなのにね。


もちろん内部情報源から情報を貰うこと自体は結構なんですよ。第一歩はそれでいい。問題はそれを如何にして説得力のあるニュースとして背景情報を揃えるか、という点にあるわけでしょう。そうでなければその辺の風説と大差なくなってしまうわけで。そことは明確な一線を引くことこそ責任あるメディアとしての矜持であるはずなのに。
まぁ「自分たちが言っているから正しいのだ!」という特権的意識だけでゴリ押しするのも、それはそれで一つの方法論ではありますけど。
それって「政府が言うことだから正しい情報である」っていう政府広報機関と何が違うの?


チキチキ誰が一番日本のジャーナリズムを阻害しているのか選手権 - maukitiの日記
まぁその意味でいえば、『記者クラブ』という聖域を守ろうとする彼ら彼女らの試み自体は合理的ではあるんですよね。だってそれがまさにインナーサークルとして政府からの情報を特権的に得られる場でもあるんだから。
そこで官房長官へ直接質問ができるなら尚更!
いやあすばらしいアクセスジャーナリズムだよね。詳しくは知りませんけども、話題になっている望月さんというのはそうした特権を享受できる故に(今回のような朝日新聞的な意味で)有能な記者なんだろうなあ。
それをジャーナリストとは絶対に言えませんけど。


みなさんはいかがお考えでしょうか?