通常日記

手抜き日記。
 

 

 

  • 9/11テロ、CIAが白人ばかりでなければ防げた? - BBCニュース
    • うーん、『9・11』関連は当時内部関係者の回顧録を中心に割といっぱい本を読んだと思いますけども、「CIAが理解できていなかった」には同意できても、そこで「白人だから~」というのはちょっとアクロバティック過ぎるよね。むしろひたすら彼ら彼女らが、既に時代が変わっていたにもかかわらず既存の価値観にとらわれたままで「見る目」がなかったというひたすらシンプルな、無能オチが真実じゃないのかと。
    • でもそれってほとんど大多数の私たちだってそうなのだから、その点をしてCIA「だけ」が無能だと言うのもフェアではないよね。いや、貰っている給料分ちゃんとやれっていうアメリカ納税者からの批判としては理解できますけども。

 

 

 

 

 

 

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」

ネトウヨか、あるいは日本の過去の蛮行を糾弾する正義の人となるのだ!



日本「戦犯」ステッカー可決 貼るのは生徒の判断 韓国:朝日新聞デジタル
韓国さんちがまたオモシロニュースを提供して『嫌韓』な人たちを喜ばせていたそうで。まぁ韓国がそれをやってしまうこと自体はそこまで不思議ではないし日記ネタにするほどではないかなあ。
冷戦構造もあってこれまでは両国政治家の努力によってどうにか維持していた「友好国」「間接的な同盟国」という建前さえまるっと失いつつある状況というのは、国際関係ネタ好きな個人としてはとても興味深い時代性を感じるお話ではありますけど。そりゃホワイトな関係じゃなくなっちゃうよね。
制度的問題云々を越えた、国民感情の帰結としての、別離。
53年前のいじめ加害者を同窓会で殺害した69歳の男「気持ちはわかる」「誰も救われない」の声 | ニコニコニュース
私たちだってそれとは別のイジメ復讐ニュースなんかで「やられた方はずっと忘れない」と指摘する人は少なくないわけだし。加害者の末裔(直接の責任はない)の一人として、しかし韓国がそれを忘れずに引きずり続けること自体は理解できます。
やっぱりまったく生産性はないよなあと現代人的な他人事感満載では思いますけど。


しかしこうした昨今の、かなり擁護のむつかしい「反日本」な行動においても尚、それを擁護する人たちが日本国内からも少なくないというのはとても興味深い構図だとは思うんですよね。
アマゾン群像劇 - maukitiの日記
以下前回日記で国家の『原罪』ネタを書いていて改めて考えた、適当なお話。





こうした反日韓国なニュースが出ると、一方で「それでも日本が悪い!」と登場してくれて火に油を更に注ぐのも、悲しいかな昨今日本の日常風景となりつつもあるわけで。それを受けてまた嫌韓派は燃え上がる様式美。まぁ本人たちはどちらもバランスを取っているつもりなのかもしれませんけど。
小泉悠先生風に言うと*1「日本は韓国にいかなる自己主張もしてはならないと信じる人」たち。


よく本邦で『自虐史観』が批判されたりしますけども、そうした自虐史観って戦前戦中日本と同様かそれ以上に過去の歴史においてやっちゃいました満載である、むしろ欧米社会の方が本場ですらあるんですよね。
植民地支配、人種差別、民族浄化etc……。いずれも私たち日本のような小物とはスケールが違うレベルのあちらでは、「まだ贖罪が足りない!」という声も同様に。
そうした贖罪意識が、無計画な移民難民受け入れ政策に見られるように現代にも繋がり続けている、というのはずっと言われ続けている構図でもあるわけで。戦後ドイツが目指してきた『正しき道徳的帝国』も同じ文脈でしょう。
喜ぶべきか悲しむべきか、こうした構図はかつての戦前日本と同様に、「進んでいる西洋を追いかける日本」という韻を踏んだ歴史の再生産であるかもしれない。
まぁこうした構図が少なからず日本でも通用しているというのは、現代日本と言うのはそこそこリベラルな社会である、という個人的見解に繋がってもいるわけですけど。


ともあれ、そうした自虐史観な構造において、それはもう身も蓋もない考察をしていたのが、パスカル・ブリュックネール*2であり、そこで出てくるのが『罪悪感という麻薬』という概念であります。

フランスの哲学者パスカル・ブリュックネールが著書 La Tyrannie de la penitence(「贖罪の暴虐」未邦訳)で診断したように、罪悪感は西洋の道徳的麻薬と化している。人々はそれが好きだから、それにふけるのだ。罪悪感でハイになる。罪悪感は人々を高揚させ、刺激する。彼らは自分自身や自分たちの知る範囲の人々に責任を 負う人間であることをやめ、自薦によって生者と死者の代理人となり、恐ろしい歴史の担い手となり、さらには人類の潜在的な贖罪主となっていく。つまらない人間が、いっぱしの人間になるわけだ。

*3

リベラルなブリュックネールさんの著作には、こういうぶっちゃけオモシロ考察がいっぱいなのでおススメです。上記だけでなく邦訳もっといっぱい出てほしい(いつもの)。


『原罪』がある加害者な私たちは、歴史的悪行について被害者へ永遠に償い続けなければならない。
――まぁ別にそう主張する事自体はいいんですよ。それを言われた側が真に受けるか鼻で笑うかどうかはまったく別問題だし。


ブリュックネールの慧眼は、つまり被害者側から敢えてそのことを持ち出すこと自体に、道徳的麻薬のような効果がある、と看破している点にある。
前回日記のような自然保護運動なんかでも同様に「正義に酔う」人たちと言うのは昔からそうだと言うと身も蓋もないかもしれませんけど。そりゃ自縄自縛なのにがんばっちゃうよね。
だって「反省(憂慮)している自分が」「反省(憂慮)していない奴らを」非難するのは気持ちいいんだもん。


ミクロな個人生活において「何者にもなれない」故に、その鬱屈を『国家』などに付託して自尊心を満足させる=ネトウヨである、というのは(全面的に賛成しているかはともかくとして)昔からよく見かけそれなりに理解できる言説ではあります。
でもそれって、ネトウヨの逆側にあるだろう、国家や民族などの過去の負の歴史を掘り返し続ける人たちも同様である、とブリュックネールは述べているんですよね。
まさにそうすることが、自分が平凡な他者とは違う存在である、という自己証明となる故に。



  • 私は反省しない愚民どもと違ってきちんと過去の歴史と向き合い苦しんでいる。
    • 故に私は立派な人物である。
  • 私は視野の狭い愚民どもと違ってきちんとあるべき国家像を考えて憂いている。
    • 故に私は立派な人物である。

きっと何物にもなれないお前たちに告げる!
ネトウヨか、戦前戦中日本時代の悪行を非難する正義マンとなるのだ!


その意味でいうと、ネトウヨ反日無罪な人たちも「つまらない人間がいっぱしの人間になる」という意味で、どちらも一周まわってそっくりなんだなあと生暖かい気持ちにはなるんですよね。
特別な存在になりたい人たち。まぁその気持ち自体については、私たちの誰にも絶対に否定できないしね。そして出来るだけ楽な手段でそうなりたいという気持ちも。
ブリュックネール先生はすごいなあ。


「何者にもなれない」私たちの生存戦略について。
みなさんはいかがお考えでしょうか?






おまけ

投稿直前に見返したらこのタイトル使うの3年ぶり3回目だった。書いている僕自身が何者でもないからしかたないね。3年後また同じタイトルで書きたい。
きっと何者にもなれない子供たちに告げる - maukitiの日記
きっと何者にもなれないお前たちに告げる - maukitiの日記

アマゾン群像劇

グローバルな環境問題が解決できない現代世界の縮図。


ブラジル、G7のアマゾン火災支援を拒否 - BBCニュース
少し前から続いている今更なニュースですけども、アマゾンが燃えているそうで。
そうそう、本邦でも中華業者の蔓延でレビュー機能がほぼ死んでいてねえ……。

アマゾン川流域の広大な熱帯雨林で次々と森林火災が発生している問題で、ブラジル政府は26日、主要7カ国首脳会議(G7サミット)でG7が合意した2200万ドル(約23億3000万円)の消火対策支援を断る意向を示した。消火活動への消極姿勢が批判されているジャイル・ボルソナロ大統領の首席補佐官が、ブラジル・メディアに明らかにした。

ビアリッツで24日と25日に開かれたG7サミットで、各国はアマゾン川流域の森林火災対策に資材や資金を提供すると合意した。開催国フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、G7諸国が2200万ドル(約23億3000万円)の金融支援を提供すると述べた。

ブラジル、G7のアマゾン火災支援を拒否 - BBCニュース

やったねボルちゃん! 邪魔な熱帯雨林が燃えて農地が増えるよ!


このアマゾン森林大炎上ネタって、個人的にまぁものすごく要素てんこ盛りで面白いお話だと思うんですよね。
現代の国際政治の縮図という感じ。最近この縮図ネタ多いなって自分でも思ってます。



「先進国vs後進国」という構図の突破(できない)

もちろん私たちにも影響を受けずにはいられないだろう地球温暖化問題の観点から言えば、アマゾンの森林面積減少には心穏やかではいられないでしょう。
しかし、しばしば指摘され今回も同様にブラジルから反発されているように、この森林面積減少って先進国であればほとんどどこでも自分たちも通ってきた道、でもあるわけですよね。
その『原罪』という意味では私たち日本は比較的マシですらある。他には北欧諸国とか。
私たちは人類は、それこそ文明の始まりから(故に古代文明があったところはほとんどどこでも伐採圧力で森が消えた)森刈り倒してきたわけで。森を切り開き、農耕し放牧しそして都市を作ってきた。森を伐採すれば建築ボーナスが得られるってciviliaitionで習いました。
それは先進国にとってすら、せいぜい100年~200年前までずっと続いてきたトレンドでもあるわけですよ。

これについて、ブラジル政府のオニクス・ロレンゾニ大統領補佐官は「グロボ」ニュースサイトに、「ありがとう。しかしその資金は欧州の森林復活に使ったほうが良いのではないか」と述べた。

ブラジル、G7のアマゾン火災支援を拒否 - BBCニュース]

かつてヨーロッパ世界あった「消えた大森林」はこの文脈でよく語られる物語ではありますよね。
もちろんブラジルから言われるまでもなく、現代欧州はその反省から徐々に森林を復活させ――といってもせいぜい日本の半分程度の割合しかない――ているものの、それはつまり原生の森を刈り倒した後に人工的に復活させたという意味でしかないわけですけど。
元々『森』があった利用しやすい土地を先駆者たちはそうやって開発してきたのに、それを今になって遅れてきた人たちに向かって「やっぱ地球によくないからやめよう」というのは余りにもフェアではない、という意見がある程度の正当性を持っていることは間違いないでしょう。
しかも上から目線で。


そうした不平等・不誠実だという感覚は、典型的な『共有地の悲劇』の構図を持つグローバルな自然環境問題で、更に利己的に振る舞うインセンティブを生むことになる。
――だって何しろ上から目線でありがたくも説教をしてくれる先駆者たちは、実のところ既にその罪を犯した前科者たちでもあるのだから。だったら自分たちも同じことをやって何が悪いのか。


面白いのは、皮肉にも欧州人たちがルソー的な自然至上主義やリベラル価値観から、自分たちの過去の所業を悔い改めるようにすればするほどその正義感から同様のことをやる人たちへの説教は上から目線になるし、同時にまたその罪深さを自省の為に強調すればするほどしかし同時に自身の論理の説得力を失っていくところでしょう。
温暖化対策訴える16歳少女、ヨットで大西洋横断し国連へ - BBCニュース
英ハリー王子、ジェット機多用を弁解 「家族の安全」のためと - BBCニュース
この辺の自縄自縛感は、既に自然保護に熱心な著名人たちの行動に関する議論でもしばしば指摘される構図であります。
彼ら彼女らは過去の蛮行・愚行を反省すればするほど、そもそも自分たちの現代的文明的な生活がどのような土台の上に築かれているのかというギャップと、そして現在進行形で同じようになりたいと願っている人たちとの妥協点を見失っていく。


現実的な妥協点を見いだせない人たちは、更に理念的な行動ばかりになって、その理念の追求は運動の先鋭化を招くことになる。
その正義は一般化とは真逆の方向へ。
そんな善意という名の圧力に反発して生まれたのがトランプさんや上記ボルソナロさんのような「自国ファースト」な政治家たちでもあるわけで。グローバルな大目標の一方的な押し付けは、必然的にローカルな反発を生む。


後からやってくる人たちには「自分たちのようになってはいけない」と言いながら、私たちはその豊かで文明的な生活自体を手放そうとしない。
更には「何かオルタナティブな方法で実現できるはずだ」と言いながら、実際に何か具体的な方法を示すわけでもない。
――工業化社会や資本主義無しでどうやって先進国と同じ所に行けばいいの?
アマゾンの熱帯雨林を、飽くなき「資本主義」が焼き尽くす|WIRED.jp
そりゃ後から追う人たちが言う事きくはずもないよね。そんなのムシが良すぎるってものでしょう。
温暖化問題は確かに誰もが他人事ではないグローバルな問題ではあるものの、そもそもその種を撒いたのは誰だって話でもあるわけで。


先進国に住む私たちには、他の多くの事例についてと同様、環境問題についても『原罪』がある。
しかしその『原罪』故に後進を説得することは難しい。


内政不干渉という『壁』(こわせない)

それならいっそパワーで正義をゴリ押しした方が、まだ現実性があるはずなのにね。
しかし「善き」人であろうとする私たちはそんなこと今更できるはずもなく。経済力なら……、うーん、まぁ、ギリギリセーフ? でもそれって中国がアフリカとかでやってることと何が違うの?

アマゾンの森林火災を「国際的危機」と呼ぶマクロン氏は「ただちに」、空中消火の飛行機の費用として資金を提供すると表明。さらに、フランスは「数時間のうちに軍による具体的な支援を火災の地域に」を送る用意があると述べた。

これに対して、ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領は、アマゾンを「救う」ため「同盟」するというマクロン氏の計画は、まるでブラジルを「植民地か無人地帯のように扱っている」と反発した。

森林火災をめぐりマクロン氏と公然と対立を続けるボルソナロ氏は、マクロン氏が「アマゾン地域に不当で余計な攻撃」を率先して行っていると批判し、「G7諸国の『同盟』というアイデアの後ろに真意を隠している」と攻撃してきた。

ブラジル、G7のアマゾン火災支援を拒否 - BBCニュース

かくして結局は彼ら彼女らの善意は「国家主権」「内政不干渉」という私たちの現代世界秩序の最も基礎にある『壁』を越えることはできない。
これはもう自然保護の為に世界秩序をぶっ壊すしかないね! 自然保護の為には地球はカオスになったっていい!
――と言い切れるほど頭がイカれてれば話は簡単だったのにね。


伸び続ける順番待ちの列(すすまない)

ということで結局、現状での最大公約数な解決策といえば、遅れてやってくる彼らが私たちと同じように考えてくれるようになるのを待つしかない、ということになる。
時間が全てを解決してくれるはずだから。

「アマゾンを救おうといった考えは捨てなければなりません。結局は、わたしたちの国のことではないのです。ブラジルには森林火災に立ち向かう能力も財政的な余裕もあります。ただ、政治的なレヴェルで戦う意思がないのであれば、それは別問題なのです」

ブラジルの国民はボルソナロを大統領に選んだとき、結果として何が得られるかを理解していた。「現大統領は、環境保護規制の緩和や先住民の住む地域での鉱山開発の許可といったことを明確に打ち出し、その上で当選しました。いま起きていることは驚きでも何でもないのです」

アマゾンの熱帯雨林を、飽くなき「資本主義」が焼き尽くす|WIRED.jp

それってつまり、何もしない、ただ待つ、という答えでもあるんですけど。
そしてその順番待ちの列には、今でもあと50億人くらい並んでおり、更には今後も増加し続けることがほぼ確実でもある。アキレスの亀かな?




私たちの『原罪』により説得が不可能である以上、別の方法を待つしかない。
内政不干渉という原則が壊れるのが先か、後からやってくる人たちが追いつくのが先か、あるいは地球が壊れるのが先か。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

一体誰が「嫌韓あおり報道」かそうではないかを決めるの?

『社会の木鐸』である新聞記者さま?



「嫌韓」あおり報道はやめよう | 新聞労連(日本新聞労働組合連合)
うーん、まぁ、そうねえ。割とかつてネット上の片隅にあったような『嫌韓』的な記事が表舞台に出てくるのは色々と感慨深いというか、まぁ時代を感じるお話ではあります。
かつてネットで流行ったネタが何周か遅れてリアルにやってくる、というのはまぁそれこそ昔からあるあるなお話ではありますけど。


でもまぁその声明には基本的には同意するところではあります。

 国籍や民族などの属性を一括りにして、「病気」や「犯罪者」といったレッテルを貼る差別主義者に手を貸すのはもうやめよう。

「嫌韓」あおり報道はやめよう | 新聞労連(日本新聞労働組合連合)

明らかに属性を使って差別するような「杜撰な」記事だったら簡単にNOと言っておけばいいんですよ。
しかし現実はそんな簡単に判断できるようなモノばかりではないでしょう。
いや、むしろその範囲の曖昧さを考えれば、韓国に関する記事の内その圧倒的大多数がグレーゾーンに入ることになるのは間違いない。
嫌韓』が一部にとどまらずに広く表に出てきてしまっている現状において、現下における最も重要な問題は、一体その基準を誰がどのように設定するのか、というお話でもあるわけですよね。



少し前にも、京アニの件において『被害者実名報道での配慮』の有無・成否を一体誰が決めるのか、というネタを少し書きましたけども、今回の件もこれと同じ構図にあるわけでしょう。

一体誰が、どのような基準で、「嫌韓あおり報道」かそうではないかを判断するの? 
――もしかしてど偉いマスコミ様自身が、自己判断でそれを決めていただけるの? 
――そして私たちはそのありがたくも決めていただいた基準と結果を粛々と受け入れておけばそれでいいの?
いやあさすが『社会の木鐸』サマだよね。





韓国 日本製品への高関税 WTOが是正求めるも一切触れず | NHKニュース
個人的にはこのNHKの記事も割と、昨今の時流を受けているのか、かなり「韓国あおり報道」寄りのニュースになっていると思うんですけど。

日本側の主張が認められた形となり事実上、日本の勝訴が確定しました。

しかし、韓国の産業通商資源省は、報道資料を発表し、「大部分の実質的な争点で韓国側の措置が、WTO協定に違反すると立証されず、韓国の勝訴が維持された」と主張しました。

韓国側の発表では、是正を求められたことには一切触れていません。

韓国 日本製品への高関税 WTOが是正求めるも一切触れず | NHKニュース

NHK嫌韓を煽っている! NHKネトウヨ
やっぱり「NHKをぶっこわす!」を応援するしかないね!



「風評拡散させ故郷を侮辱、韓国の挑発に耐え難い思い」 福島県出身・在住のフリーランスライター林智裕氏が怒り (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト
あと他の『嫌韓』を煽っているか否かのグレーゾーンなニュースとしてはこの辺とか。

 韓国の文在寅ムン・ジェイン)政権が、「反日」政策の一環として、福島第1原発事故と絡めて日本産の食品や輸入品への不安を強調している。福島県出身・在住で被災地の風評被害と戦うフリーランスライター、林智裕氏は「風評を拡散させ、故郷を侮辱してくる韓国政府の挑発には耐え難い思いがある」と憤っている。

「風評拡散させ故郷を侮辱、韓国の挑発に耐え難い思い」 福島県出身・在住のフリーランスライター林智裕氏が怒り (1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト

うーん、これも特に福島と個人的関係が深い日本人たちを『嫌韓』に誘導させるような「あおり記事」と言うしかないよね。
だって現地関係者である私たちは「韓国が福島への風評被害を今更加速している!」と報じられたら、少なくない人たちが韓国へのネガティブな感情を抱くのは間違いないのだから。
韓国への憎悪を煽っている!
zakzak嫌韓メディア!



別に彼ら彼女らの言っていることそれ自体が間違っていると言っているわけじゃないんですよ。

排外的な言説や偏狭なナショナリズムは、私たちの社会の可能性を確実に奪うものであり、それを食い止めることが報道機関の責任だ。

「嫌韓」あおり報道はやめよう | 新聞労連(日本新聞労働組合連合)

そうしたスローガンにはもちろん賛成します。


では、それを一体どのように実現するのか、そしてその価値判断の基準を一体どのように設定しているのか。
そこを明らかにしないまま、ただただあるべき正論だけを言われてもまったく納得できないよね。今は21世紀ですよ。
彼らには正しい意味での説明責任がある。
マスコミのみなさんアカウンタビリティ大好きだもんね。今回の件でも、社会の全体を納得させてくれればいいのにね。


その部分を明らかにしてくれないならば、権力やスポンサーなどに忖度して「(誰かにとって)都合の悪い情報」を報じないことと一体何がちがうのか。
いやもしかしたらただただ「自分たちは何もしていないわけではない」と弁明・エクスキューズしているだけなのかもしれませんけど。
といってもまぁ日本のメディアの不誠実さだけを責めるのはフェアではないかもしれない。
それこそメディア自身の不透明さ、説明不足や、不誠実さが積もり積もった結果が、日本に限らず世界中で巻き起こっている「メディア不信」の根幹の一つでもあるわけだし。
彼ら彼女らは「何が正しいのか」についての正論を述べてくれる。
しかし、その正しさの度合いをどのように決めているのかは曖昧にしたまま教えてくれない。


今回の声明ってまさにそうした『社会の木鐸』と自称する人たちの、その正しさとは裏腹にある、傲岸さと不誠実さの縮図のようなお話だよなあと個人的には思っています。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

通常日記

手抜き日記。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちミクロな個人にとっての「自由な社会」の存在証明の一例

台風だったし手抜き日記。


新卒でエンジニアとして入社したCygamesを退職しました(消えてる)
なんかものすごいバズってるアレ。リアル古戦場かな? いやむしろ開発がコレだから古戦場という文化が生まれたのか。
ネットでは消しても短期的には意味がないし、むしろ悪化する、という事例がまたひとつ。


うーん、まぁ、そうねえ。個人的にはサイゲのゲームはシャドバを卒業してから離れてましたけど、少し前に始めたプリコネは現在進行形で概ね楽しくやっている水着サレンおりゃん……のでまったく他人事というワケでもないかなあ。
まさかの王雀孫出てきて俺つば民も大歓喜です。ハゲもっと仕事しろ。


ともあれ、今回のお話で「サイゲ炎上ヒャッハー詫び石はよ!」という野次馬根性はともかくとして、しかしまあこの件から健やかな人間社会を考える上で大事なのってやっぱこの部分だよねえとは少し思います。

この会社が1社目ということもあり、転職活動をするまで知らなかったのですが、Cygamesは業界No.1の体育会系らしく、利用した転職エージェントや面接を受けた面接官の方達に「あー君のところは激しいからねw」とよく言われました。転職理由ではネガティブな理由は絶対にいうべきでないというのが定説ですが、私は割とポジティブな理由もネガティブな理由も全部話していましたが、「君のところは確かにそういうところありそうだねw」と、露骨にマイナス評価はされませんでしたし、そういう話をしても同情(?)はしてくれても、1次面接で落とされるということは1社もありませんでした。

大事なのは代替選択肢だとよく解るお話。転職出来てよかったね。
仮にこれがウソだったとしても、「良かった。本当はブラック企業で苦しみ人はいなかったんだ」で終わるお話でもあるし。まぁ真実でもウソでもサイゲにとっては災難ですけど。



何故「最終条件交渉ゲーム」が成立しないのか - maukitiの日記
この辺のお話についてはすごい昔にもちょっと書いた構図でもあって、

BATNA」(Best Alternative To a Negotiated Agreement)――「最善の代替的選択肢」という概念を持つべきであると。
つまり交渉前に「交渉が決裂した時に採ることのできる選択肢」が準備できなければ、既にその交渉は負けているも同然なんですよね。少なくとも交渉が決裂した時の備えもなしに交渉に臨んでは際限なく足元を見られるだけだ、と。

何故「最終条件交渉ゲーム」が成立しないのか - maukitiの日記

最悪の状況を解決する最もコストの掛からない方法。そんな地獄はさっさと逃げちゃえば解決。
でも問題はその「逃げる」選択肢だって決してコストがゼロになるわけでは絶対にないわけで。


こうしたお話は単にブラック企業からの脱出というだけでなく、まぁ学校社会のイジメも同じ構図なんですよね。逆説的にいわゆる「毒親」な逃げ場のない世界=家庭が本当に地獄なのもこういう理由がある。
嫌だったら逃げればいい――確かにそれは真理の一つではあるんですけれども、かといって誰もがその選択肢を採ることができるわけではない。
逃げ場を用意することにだって多かれ少なかれコストは掛かるのだから。
代替的選択肢の少ない子供であれば尚更。


その意味ではやっぱり今の「人手不足」「売り手市場」は多くの人たちの福音となっていてすばらしいなあと改めて賛成するところではあります。もちろんそれで首が回らなくなる経営者側の人たちも居るんでしょうけど。まぁプロレタリアの方が大事だからね。しかたないね。
逃げ場がある、逃げ場が確保しやすい、というのはそれだけで良い社会である。
ヒトラーな独裁者が再来したりしているらしい現代日本政治の現状だそうですけども、個人的にそれでも現在の日本社会が「ベター」だという意見に賛同する理由でもあります。選挙で「現状維持」な民意が勝ってるのもそういう理由があったりするんじゃないかな。


しばしば議論される観念的ではない、私たち個人の生活に直結するミクロな「自由な社会」を現実に形成している一例。
少なくともこうして彼あるいは彼女が転職で無事逃げられたというのは、その証明の一つとして。



これからも脱獄先がいっぱいある、簡単に逃げられる日本社会でありますように。

ポケットの中だけにとどまらない香港デモ騒乱

「ポケットの中の天安門」から30年。



逃亡犯条例撤回 「こいつら暴徒だわ」香港デモ隊の“醜い真実”をあえて書く | 文春オンライン
ということで少なくとも現状の本邦においては、香港騒動におけるニュースソースとしてはかなり参考になる(と個人的に思っている)安田峰俊さんの香港デモの身も蓋もない内実だそうで。
デモ側も、警官側も、どちらも好悪二面性を持っているという当たり前といえば当たり前なお話。
まぁ逆説的に意味しているのは、それを恣意的に報道するメディアというだけでなく、前回の通常日記でも少し書いた「解りやすいストーリー」を求め・流されやすい私たちマスな視聴者という構図でもあるのでしょう。

 特に8月以降の香港デモは、すでに逃亡犯条例改正案の撤回問題はもちろん、香港人自身の権利要求の場としての意味付けすら徐々に薄れはじめている。替わって顔をのぞかせているのは、米・英・欧の西側自由主義陣営と、香港政府の裏側にいる北京の中国政府とが、お互いに事実の隠蔽と印象操作を繰り返しながらメディアを使って殴り合う熾烈なプロパガンダ・ウォーだ。

逃亡犯条例撤回 「こいつら暴徒だわ」香港デモ隊の“醜い真実”をあえて書く | 文春オンライン

普遍的かつ古典的なマスメディアの振る舞いの一つではありますよね。画像の一部を切り取ることで、元が同じ写真でも被害者にも加害者にも見せることができてしまうマジック。
かつてあった天安門の時などのように、ネットが普及した現代世界ではもう「起きていること」それ自体を閉じ込めてはおけない。
――故に「弾圧される側」だけではなく「弾圧する側」も自身の正統性を象徴する絵や文脈を知らしめる必要性が生まれている。
30年でそこにあった非対称性はもう無くなってしまった。
その最先端の実例がこうして香港騒乱で私たちの前に現実の光景として表れていると。


今の香港は同時に、少し前までにはネットを通じた情報の自由化は政治的独裁体制を致命的に揺るがす(故に『歴史は終わる』)と素朴に信じられていたことへの反証としての存在しているのだとも思います。
少しでもそれに関心があるのであれば、香港の趨勢は、同時にリベラルな民主主義的価値観そのものの行く末までも考えざるをえなくなる。
しかしその一方で、この香港の騒乱は既に――というよりは最初から結末はほとんど決まり切っている構図でもあるわけでしょう。
だって北京の中国政府そのものがまさかこれで倒れるわけないもんね。
だから『アラブの春』にあったような夢想気味で無邪気すぎる楽観もここには当然ない。
むしろそこにあるのは悲劇的結末だという確信に近い諦観。
細かい点はともかく、大勢の結末としては最初から見えている以上、だからここで出てくる登場人物たちもどこか戯画めいた振る舞いになってくる。

 香港警察も各国メディアも必死で自分の仕事をおこなっており、勇武派も覚悟のうえで相当なリスクを負っている(隊列からはぐれて逮捕されたり、催涙弾などが直撃する危険もある)。だが、この場にいる全員が真面目に頑張っているにもかかわらず、どこかお仕着せのショーや茶番劇めいた感覚がつきまとう。

逃亡犯条例撤回 「こいつら暴徒だわ」香港デモ隊の“醜い真実”をあえて書く | 文春オンライン

香港でデモに参加する人たちが見せる悲壮な決意とは裏腹に生まれている、ある種の茶番劇めいた感覚というのはこうした諦観がもたらしているのだと思います。
まるで悲劇に出てくる登場人物を見るような感覚に。


リベラルな私たちはそうした香港をほとんど無力な観衆として眺めながらも、内心で冷たい感覚を覚えることになる。しかしだからこそ『醜い真実』であろうと目が離せない。
「2019年にもう一度きてください、ほんとうの民主主義を見せてやりますよ」 - maukitiの日記
トランプ大統領のような「内憂」だけではない*1)民主主義的価値観はいざというときいかに容易に突き崩されていくか、について他人事ではない悲観的な未来を暗示しているようで。
かくして、結末はほとんど確定しているにもかかわらず、しかし様々な思惑が絡み合うことで香港の戦いの「意味」だけは膨らんでいく。
現代世界の縮図の一つとして。



香港の戦いについて。
みなさんはいかがお考えでしょうか?

*1:日本の安倍さんもその範疇に入る人も居るかもしれない